2013年1月14日 (月)

2013000匹のマーチ

 余り更新してないブログに今更書くのも何だがドラクエⅩをプレイしている、それも発売日から。
 ベロクロンという名前のエルフの盗賊で、状況を言えば、キーエンブレム10個、ラスボス撃破済みでクリアはしたという所、それでも今回のドラクエもクリアしてからもやることが多い。
 ドラクエに関しては語ることは多いけど、とりあえず今回は巳年記念討伐イベントについて語ろうと思う。

 賛否両論のイベントだが、個人的には面白そうなイベントだと思って、初日から積極的に参加していた。
 ターゲットの一覧を見た時に、最初に思ったのが「うみぼうずは無理だろう」ということだった。ゲームをやった人間は分かることだが、うみぼうずはシンボルが見えない。幽霊の類と違って今のところ可視化するアイテムもない。半分ランダムエンカウントに近いモンスターであり、イベント開始時の自分の討伐数は3でしかなかった。
 とりあえず、ツスクルの村に行けば、弱い方から4体を倒しに行けると思い、あえて初心者用のサーバーに向い、「この辺で『み』のつくモンスターを狩るので」「便乗してレベル上げしたい人いませんか?」と声を掛けまくっては初心者(やサブキャラを始めたばかりの人)を引き連れ、延々とみならいあくまを狩り続けていた。4日から始めてみならいあくまの討伐達成を見届ける日まで、ほぼみならいあくま(と同じ場所に出るホイミスライム)を狩り続けていた。100体討伐は済ませていたので、約1800匹ほど。できるだけ仲間を連れて行ったから、多分、公式HPのみならいあくまの討伐数のうち5000匹分は貢献してると思う。
 みならいあくま討伐を始めて何日目だったか、9日か10日ぐらいからだっただろうか、妙に人が増え始めた気がしてきた。後で聞いた話では、この頃、HPに成功報酬の「ナイスポーズ」が公開されて、イベント参加者が増え始めたそうなのだが。
 おそらくイベント参加者は勝負になるであろうと予感していた土曜日からの連休。昼頃にみならいあくまの討伐達成を見届けた後、次のターゲットをうみぼうずと定めると一路ヴェリナードへ。そこで見たものは、うみぼうず討伐でPT募集をする人間の多さ。さらに、PTを組んでダイスで適当なサーバーを選んで向かった永遠の地下迷宮で見たものは、同じ目的で集まった人の多さ。
 地面に潜って姿の見えないうみぼうずに対して文字通りのローラー作戦で挑んだ冒険者たち。手はレバーを動かすために使うのでほとんど無言。そんな中戦闘が始まれば仲間の元に駆けつけ、戦闘の始まった他のPTを見つけてはおうえんで援護する。時間の都合等で欠員が出れば、サポートを連れてる人に声をかけて頭数を揃える。パソコンが傍にあるので、うみぼうずや他のモンスターの討伐数を叫んで周りの士気高揚に努める。
 この作業が楽しいかと言えば、楽しかった、どんだけシュールな光景であったとしても。

 肝心のうみぼうず討伐達成=13種類討伐達成の瞬間は、夕食で席を外していたので見届けることはできなかった。多分、あのイベントに参加した人間は誰もが同じようなことを思ってたんじゃないだろうか、「楽しかった」と。 ドラクエのオンライン化に対して批判は多い。でも、オンラインじゃないドラクエだって後になって思い出すのは楽しかったかそうでないかの記憶だけだろう。ぶっちゃけ、今度リメイクされるⅦは長かった記憶しかない。どこぞの丘の上の家の壁の隅にある石板を探して何時間も世界中を飛び回ったような苦痛ばかりで、3DSを買ってまでリメイク版のⅦを今更やろうという気は今のところない。
 そもそも、ドラクエを買った人間の何割が楽しくクリアできたんだろうか。FCのⅡは竜王の城でロトの剣を獲った直後の復活の呪文を間違えてから投げてるというのに。
 たしかに、プレイした人間の全員が全員満足することはないだろう。そんなものは、それこそどこかの元地上の楽園のようで気味が悪い。
 だから言おう、ドラクエⅩを楽しいと思ってやってる人間が、ここに1人いる。

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2012年9月 9日 (日)

わたしたちの福山市

 少し前から鞆の浦でウルヴァリンの新作の撮影をするといううわさがあったが、火曜日ぐらいからこの辺で撮影をしてたらしい。
 運悪く直接撮影を目にすることはできなかったが、福山城を大坂城ということで撮影をしてたらしい。
 まぁ、格闘ゲームのX-MENでのシルバーサムライのステージは大阪だった気がするから、大阪が正しいのだろう。

 で、PNに使ってるベロクロンの話になるんだが、使ってる理由は地元の広島県福山市を破壊した超獣だからである。しかし、ウルトラマンAの放送当時、福山市で撮影をしたという話は聞かないし、そもそもは広島市の方を破壊する予定が、原爆ドームを壊すのはまずいということになって同じ県内の福山市に変更になったという経緯があるらしい。
 だから、劇中では広島県福山市として描かれているが、あれは福山ではないのである。なにしろ、ナレーションでは「福山市は石油化学コンビナートが発達し…」と言われてるけど、現実の福山市に石油化学コンビナートなんてものが存在したことはない。あるのは一時世界有数の規模を誇った製鉄所である。まぁ、石油化学コンビナートと製鉄所では、どちらが壊し甲斐があるかと言えば、圧倒的に前者の方だろうね。

 何が言いたいかと言えば、PNに使うほど愛着を持ってるベロクロンが破壊した福山市は福山市ではないのである。それでいて、来年公開の「ウルヴァリン」に出てくる大阪は本当は福山市なのである。
 多分、ベロクロンに感じるようなシンパシーをシルバーサムライに感じることはないと思う(格闘ゲームで日本刀を使うキャラが好きでシルバーサムライを使うことはあったけどさ)。
 そう考えると、広島県福山市ってのはどこにある町なんだろうね。

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2012年9月 8日 (土)

2年ぶりの更新

 別に病気をしてたとかそういう事情はなく、単に更新してなかっただけです。
 もっと言えば、更新しようと考えても再開させるタイミングが掴みづらかったというか何と言うか。
 それならいっそ、どうでもいい時に再開してしまえという訳で、再開すること自体に意味もありません。

 更新してない間もアニスパでの落書犯とかで検索してこのブログを来てた人が多かったみたいで、ありがとうございました。
 それこそ、「氷菓」の折木奉太郎じゃないけど、こういうのは運なんだろうね。
 犯人が中川翔子だという結論を出したけど、そもそも中川翔子が死ぬほど嫌いでなければ、出なかった結論だし(笑)。
 簡単に言えば、偏見や色眼鏡と言った歪んだ思考の賜物であるわけなんだよね。

 例えば、そのような思考を応用すれば、タモリ俱楽部でのカブトガニ事件で中川翔子の実年齢は35歳ぐらいという結論を出してしまう訳なのですよ。
 オタクとして個人的に中川翔子には何か違和感があるんだよね、エセオタと叩かれる中でもガチだと言われる特撮、それも戦隊関係の知識で。
 生まれた時から戦隊シリーズが始まってる人間にだけ通じる法則だが、1番思い入れのできる戦隊はごっこ遊びをしたり、玩具を買ってもらえる時期の戦隊、時期にして幼稚園前後である。オレで言えば、「電撃戦隊チェンジマン」という具合。傍証として、林原めぐみ閣下は「子供の頃、モモレンジャーになりたかった」とラジオで言ってたし、池澤春菜嬢が「ゴーグルピンクになりたかった」と言ってた記憶もある。
 今はどうか知らないが、デンジマンが1番みたいなことを言ったような記憶があるんだよね。デンジマンの本放送は1980~81年、つまり、その時期に幼稚園前後だったということは…。

 少し関係ない話になるけど、中川翔子は平野綾ちゃんがAYA STYLE事件を起こした頃、囲み取材でおすすめのアイドルを聞かれて「おすすめのアイドルは声優の平野綾ちゃん、“水着”にもなったりするから」と平気で言えるような人間である。この時期、平野綾に「水着」という単語は禁句だったはずである。当時のラジオのスタッフも本人が話題にするまで気を使ってたぐらいである。ネットに詳しい設定の人間が水着を逆に着て写真集に載ってるという事件を知らなかったでは沽券にかかわるだろう。
 いじめ問題にコメント出してたけど、陰湿ないじめってのはこういうのを言うんじゃないかなぁ(笑)。
 そういう人間が田村ゆかりとカブトガニを結び付ける時に、どういうことを考えるんだろうね…。
 実年齢の近い人間が17歳を自称してるとはいえ、実年齢のままでアイドル的な活動を行える存在は実年齢を偽ってアイドルとしては落ち目に入った人間にどう映るのだろうか?
 中川翔子は田村ゆかりのファンだからどうとか言って擁護してる人間がいたけど、田村ゆかりのライブに行ったという話は聞かないよね、他の声優のライブとかには行ってるのに。

 それにしても2年ぶりの更新で何書いてるんだろうね(笑)。

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2010年12月23日 (木)

SHADOWMARU

 話題の齋藤智裕さんの「KAGEROU」であるが、そもそもアレにまともな書評が成立するのだろうか?
 某本を食べる妖怪風に言えば、「マツタケに泥がついたまま」「魚が切られずにそのまま入ってる」「お肉に火が通ってない」と昔やってた「愛のエプロン」に出た料理のような感想を言うことだろう(それでも遠子先輩はバケツに掛け込むようなことは絶対にしないだろうけど)

 「荒削り」という言葉があるけど、そんなレベルですらない。これは採掘場から岩石を持ってきただけである。
 ただ、皮肉なことにこのような小説だからこそ、ゴーストライターでなく本人が書いたものであると誰もが考えることだろう。
 正直、水嶋ヒロに対して何かを思うよりも、こんな小説を世に出した周りの人間に対して怒りを覚える。

 結婚で事務所と何かあったか知らないけど、人気俳優だった水嶋ヒロが作家になると言って消えた以上、その処女作はポプラ社小説大賞や2000万円の賞金という話題性が無くても十分な商品価値があったわけである。
だったら、もう1年ぐらい小説の修行をさせたり、プロットを煮詰めさすなりすべきだったのではないだろうか。
 小泉元総理が言っていた「米百俵の精神」の逆で百俵の米を一度で食べつくしただけだろう。

 そりゃ、出版不況という言葉はよく聞くけど、余りにももったいなさすぎないだろうか?
 68万部売れたか知らないけど、齋藤智裕先生の次回作が同じぐらい売れるとは誰も思わないだろう。一発屋なんてレベルでないただの特攻隊だ。しかも、ただの特攻ではない、ポプラ社小説大賞という賞も抱え込んでの特攻である。このレベルの小説が受賞するような賞に今後どれだけの価値があることか(賞の名前が変わったとしても)。
 まぁ、ポプラ社に余り良くない噂があるけど、この商売のやり方はそれを裏付けるような気がしてならない。
 
 余談だが、本当に売れて評価されてるというのなら、発売から1週間、映像化の話題がどこかから出てもおかしくないだろうか? それがないということは、どういう評価なのかは推して知るべしだろう。
 悪いが映像化できるとしても、「世にも奇妙な物語」の1エピソードぐらいの扱いが妥当な所だろう。
 

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2010年11月19日 (金)

平野家物語1

 声優の平野綾ちゃんが事務所の現在の扱いに不満を漏らしたら、何故かヤホーのトップで扱われた。
 個人的に平野綾に対して悪い感情を持ってるわけではないが、とにかく冷静に考えて欲しい、多少でも最近のアニメに興味のある人間ならともかく、平野綾がこの程度のことでヤホーのトップで取り上げられるようなランクの人間なのか?
 自作自演というのは少し違う気がするが、ヤホーのトップになったということに関しては物凄く宣伝の臭いしかしないんだけどなぁ…。

 それにしても、最近の平野綾バッシングはどうなんだろう。グータンヌーボの発言でファンに見捨てられたのなら、それ以上叩かれるのはどうにも不自然ではないだろうか? いつもの妄想だが、これは平野綾個人よりも声優のテレビ番組への進出に対する反発ではないだろうか?
 どういう訳か、世間は声優の顔出し出演に対しては冷たい。アニメに対する偏見(?)がそのまま声優にも向けられていると言ったところか(まぁ、一昔前のウィキペディアには某芸能事務所の大物が声優がテレビに出ることを嫌っているから、テレビ出演がほとんどないとまで書いてあったけど)。あと、例えば涼宮ハルヒ役と言われた所で、涼宮ハルヒが理解できる人間が世間から見れば少ないというのもあるだろうけど(ドラえもんやアンパンマンと比べたらという意味で)。
 最近の平野綾の引き合いに出されるのが自分は声優ではないとアーティスト宣言をした椎名へきるであるが、あのアーティスト宣言も今考えるとよく分からないものである。アーティスト宣言なんてしなくても、声優のままアーティスト活動はできたはずである。邪推だが、アーティスト宣言しなければならない事情、もっと言えば、声優という肩書きが言い方は悪いが邪魔になる事情が存在したのではないだろうか。
 では、その事情を考えるとしたら、アーティスト宣言せずにアーティストとして大成功して去年は紅白歌合戦にまで出場した水樹奈々と比べてみればいい。西武ドームでまでライブをやって完全に椎名へきるよりも実績のありそうな水樹奈々だが、椎名へきるは出演したことのあるMステにはまだ出ていない。
 つまり、テレビの歌番組の出演は声優では敵わなかったのではないだろうか? 歌の大事典で林原めぐみも歌っていた記憶があるが、エヴァブームの流れと、トップ10入りの後押しがあったからだろう。

 少し話はそれるが、水樹奈々の扱いである。たしかに、歌手活動における実績は声優史上最強で間違いないだろう。しかし、彼女の扱いは、名誉アーティストでしかない。先程も挙げた西武ドーム公演やオリコンでの実績は、下手な歌手よりも上なので、名誉アーティストとして声優では受けれないはずの扱いを受けてるだけなのである。たまに勘違いして声優が世間に認められたと思ってる人間がいるが、大きな間違いである。
 NHKのMAGネットでの水樹奈々特集でもあったように、水樹奈々の歌手活動はどこかの浅野真澄先生の絵本作家活動と同じ、副業扱いなのである。

 声優がテレビに進出すると困るのは誰か? 今、テレビに出てる皆さんと関係者だろう。
 アニオタの身贔屓かもしれないが、声優の人気は下手なタレントよりも上だろう。平野綾はネット上で「トーク力がない」だの叩かれてるが、すべてのタレントがそれ以上のトーク力を持っているとはとても思えない。CDを出せばオリコントップ10入りできる声優だって最近は多いわけだし。
 つまり、平野綾という声優がテレビに出演し続けることで、第2第3の平野綾のテレビ進出を招き、確実に今、タレントが独占してる出演枠を取られるのである。
 もっとも、普通の声優の事務所はテレビ番組にコネがあるわけないだろうから、そんなすぐには声優が大挙してテレビに出ることはないだろうけど、災いの芽(?)は早く積むに限るのだろう。
 どうせなら、めちゃイケのやべっち寿司の後ろで平野綾だけテレビのポスターが映り込んでた頃に釘を刺すなりすべきだったのではないだろうか?

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2010年9月12日 (日)

ふしぎ発見の不思議

 なんと、「世界ふしぎ発見!」2週連続で初出演のAKBの人がパーフェクト達成の怪挙である。
 野々村真さんがふしぎ発見25年の歴史の中で2回しかパーフェクトを達成していないことを考えたら、これがどれだけ凄いことかは理解できるだろう。

 しかし、今までのふしぎ発見でヤラセと思わしき場面がなかったわけでもない。
 例えば、それまで的外れな解答ばかりしていたゲストが急にまともな正解をする時などがそうだ。まぁ、番組的に言えば、せっかくゲストに出てもらったのに1問も正解できずに帰らすのは悪いからという配慮なのだろうけど、目の肥えた視聴者にはバレバレだろう。

 それにしても、パーフェクトを達成させた意図が理解できない。
 そりゃ、ふしぎ発見でパーフェクトを達成すれば、インテリ芸能人(?)の称号が手に入るのかもしれないが、上記の通り視聴者には半分バレバレだし、そのインテリ芸能人というポジションをキープするためには、今後どれだけの労力が必要になるかを考えると、気が遠くなるだろう。
 変な話だが、ふしぎ発見というのは正解を出すよりも間違った解答を自分がどういう考えで導き出したかを説明する時に本当の知性が分かる番組である。今回で言えば、ロバート・キャンベルさんとか。
 まぁ、AKBの中ではそれでインテリということで成立するのなら理解できなくもないが…。


 それにしても、「世界ふしぎ発見!」は今年で25周年だそうである、おそらく番組のMVPは野々村真さんで間違ないだろう。
 先程も話に出たが、20年前のふしぎ発見のクイズは難しすぎた。多分、今の高校生クイズで出しても遜色ないレベルで(もっとも、番組では編集されてるが、解答を考える時間は10分以上あったりするわけだから、それを早押しでやったりする高校生クイズがどれだけ異常かは…)。
 野々村さんは、普通に間違える。別の番組での草野さんの言葉を借りれば、「他の人よりも解答に時間をかけるのに間違える」そうである。

 では、そんな野々村さんがどうしてMVPなのか。
 それは、ゲスト解答者が安心して間違えれることだろう。昔、野々村さんが出した本のタイトルが「0点でも1等賞」だったと思うんだが、間違っても明るい野々村さんがいるからこそ、ゲストは間違っても卑屈にならずに済むのではないだろうか。

 ただ、自分の中では問題が4問から3問に減った時点で、クイズ番組よりも旅番組のようなモノとしてふしぎ発見を視聴してるわけで。 

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2010年9月 7日 (火)

高校生クイズはヘキサゴンに道を譲れ

 先日、「高校生クイズ」という番組が放送されていたので見たのだが、いつも見ていた高校生クイズは最近放送しなくなってさみしい限りである。

 しかし、何なんだろうね、あの胸糞悪いクソ番組は。
 格闘技で言えば、有名選手を呼ぶ金もなく、細かいルール作りも面倒なので、その辺の強そうな素人を某地下闘技場ルールで闘わせるようなものである。そりゃ、純粋な闘争という意味では極上のモノが楽しめるだろうが、傍から見ればただの殺し合いである、そういうのが好きな人にはたまらないだろうが、不謹慎である。
 今の高校生クイズは、そういう破廉恥なものを公共の電波に乗せて垂れ流してるのである。

 大体、宇宙の年齢を計算しろという問題出しといて、「正解者がいました、凄いですね」で終わっていいの?
 解説のVTRを作る予算もないほど厳しい製作状況なの? ヘキサゴンでは、おバカさんのために懇切丁寧な解説をしてくれるというのに。

 そう、最近のヘキサゴンである。 
 こちらも、タレント枠を削って素人の高校生を参加させてるのは見え見えなのだが、楽しそうではないか。笑いの多さでは高校生クイズと比較にならないだろう。
 高校生に対する紳助さんの圧力の掛け方も絶妙である。早押しクイズで中々抜けれない時は、テレビ出演の緊張と出演者たちの圧力のせいにしてしまえばいいのだ。

 高校生クイズが捨てたものをヘキサゴンが拾っている、そういう気がしてきた。
 

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2010年9月 4日 (土)

真・エンドレスエイト考2

 では、作者がエンドレスエイトと同じ叙述トリックを解説したエピソード「涼宮ハルヒの憤慨」の「編集長☆一直線!」を検証してみよう。
 その中でキョンが書いた恋愛小説こそ、エンドレスエイトと同じような叙述トリックを駆使したものである。
 叙述トリックというとミステリーで使われるものと思いがちだが、叙述トリックの第一人者の綾辻行人さんも「叙述トリックが使われるのはミステリーに限ったことではなくなっている」と言っていたように、キョンは恋愛小説に叙述トリックを持ち込んだのである。

 キョンが恋愛小説で行った叙述トリックとは、デートした相手であるミヨキチこと吉村美代子の素性を直接描写しないことで、ミヨキチが妹と同級生の小学生であることを隠したものである。しかし、古泉に指摘されたことで、オチの部分を書き加えることを決めたようだが、劇中でも古泉が見破ったように※の部分に注目すれば、オチは無くてもミヨキチの正体が推測可能である構造になっている。
 エンドレスエイトと同じ構造とはまさにこのことで、オチになる部分、エンドレスエイトで言えば、ハルヒがやり残したモノが何だったかを直接書かなくても、理解することはできるということである。

 ところで、キョンの恋愛小説にはもう一つの叙述トリックが仕掛けてあるのに気付いてるだろうか?
 それは、エンドレスエイト同様に「涼宮ハルヒシリーズ」自体に仕掛けられた叙述トリックの賜物である。
 涼宮ハルヒシリーズはキョンの一人称視点で物語は進行する(唯一の例外こそ、アニメの「サムデイ・イン・ザ・レイン」)。キョンの一人称で物語が進行するということは、キョンが認識できないものは本文に反映されることがない。「姑獲鳥の夏」で関口が目の前のあるモノを認識できなかったように、キョンは女性の自分への好意が認識できない(憂鬱のラストでハルヒに新世界に旧世界からただ一人連れて来られた時点でさぁ…)。

 結論から言えば、ミヨキチはキョンに好意を持っていて、本当はデートがしたかっただけである。
 上映中のB級ホラー映画に出てる俳優で小学生が好きになる俳優って誰が浮かぶか? デートに誘ってるだけということがバレないようにキョンを映画に誘う方便だったのだろう。それから、映画の後に寄った喫茶店、描写からしてデートの定番コースではないのか。
 最終的に、小説を読んだハルヒが結末部分を書いた原稿を寄こせとキョンに襲いかかるのがオチなわけだが、古泉が気付く程度の叙述トリックにハルヒが気付かないわけがない(孤島症候群でも分かるように、ミステリーに関してはそれなりの知識もあるようだし)。
 つまり、あの時のハルヒは小学生(当時)相手に本気で嫉妬してたわけである。

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2010年9月 3日 (金)

真・エンドレスエイト考1

 以前にも触れた涼宮ハルヒシリーズ最大の問題作エンドレスエイト。
 あれから色々思うところがあって、あの記事で思い違いをしていたことがあったので書いておく。

 記事の最後の方で古泉に関して触れてるあたりである。
 結論から言えば、古泉はミスリードのキョンを騙しているわけではない。しいて言えば、読者に対してミスリードを行っているのである。

 著作権に関わるかもしれないが、多くの人間が「ハルヒは宿題がしたかった」と誤認する根拠となった古泉の解説を抜粋してみよう。

 「涼宮さんは文武とも優秀なかたです。それは幼い頃からそうだったでしょう。ですから彼女は夏休みの宿題などが負担だとはまったく思わなかったのですよ。ましてや、友人とともに分担作業でするものでもなかったのです。涼宮さんはそんなことをするまでもなく、一人で簡単に片付けられる能力があるわけですから」(「涼宮ハルヒの暴走」P83より)

 2度3度読んでみて何か気付くことはないだろうか? そう、これは「涼宮ハルヒにとって、夏休みの宿題がどういうものであるか」を解説したものであって、エンドレスエイト事件を引き起こしたハルヒの夏休みのやり残しが何かを解説しているわけではないのである。ちなみに、次の行は「古泉の解説を聞きながら、」と続くが、解説とだけ書いてあるだけで何の解説かは具体的に書いてない。もし、これが「ハルヒの夏休みの心残りが宿題である」というのであれば「だから、涼宮さんは宿題を友人と分担作業でやりたかったのでしょう」という台詞や「古泉の今回の事件に関する解説を聞きながら」という文章が入ってないとおかしいのである。
 別に作者が不親切ではなく、確信犯的に叙述トリックを仕掛けている。
 実は、作者は別のエピソードで、エンドレスエイトと同じ構図の叙述トリックを仕掛けて丁寧に解説をしているのである。
 それについては次の記事で。

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2010年9月 2日 (木)

お菓子の家とゲーム博物館

 先日、伊集院光のラジオを録音しようとラジオを付けたら、杏野はるなというゲームアイドルが「自分の目的はアイドルとして売れることではなく、ゲームの博物館を作ることだ」みたいなことを真面目に話していた。
 いや~、ホント、寝言は寝て言えってヤツである。

 そもそも、ゲームの博物館が具体的にどういうものか知らないが、所謂、箱物になるだろう。
 箱物がどれだけ金を喰うかはニュースを見てれば理解できるだろう。まして、ゲームの博物館である。まさかゲームの博物館を標榜しておいて、ゲームソフトを並べて陳列するだけというわけにはいかないだろう。当然、実機でプレイできるようにしておかないと話にならない。
 具体的な計算をする術は知らないが、並の箱物の数倍の光熱費が掛ると考えても間違いではないだろう。

 アイドルがどれだけ稼げるか知らないが、良くてその光熱費程度の年収を稼ぐのが限界ではないだろうか?
 今までゲームに1000万使ったというのが自慢だそうだが、ゲームの博物館を建てるというのならケタが少し違ってくるのではないだろうか。

 要するに、ゲームの博物館というのはお菓子の家と同じレベルのお花畑思考に基づいた発想なのである。というか、お菓子の家の方がまだネタ(?)だと分かりやすいのでマシかもしれない。
 本気でゲームの博物館を建てる気なら、アイドル何かせずに新潟辺りに石油でも掘りに行った方が現実的なのではないだろうか。

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