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2007年4月 1日 (日)

怪物たちへの鎮魂歌

 楽天の怪物田中投手の2回ノックアウトという厳しいデビュー戦に続き、平成生まれ最初の怪物中田選手の大阪桐蔭も甲子園を敗退した。
 言い方は悪いが、彼らは怪物、それもあの松坂と並ぶ怪物と評されてもいいレベルだったのだろうか?

 松坂が98年の夏の甲子園に出たときのことはよく覚えてる。これでも松坂世代の端くれだからだ(ふと思うが、松坂世代という言葉が生まれるほど圧倒的だったか?)。
 準々決勝で勝ったとはいえ、17回も投げて次の試合でも投げれるわけがない。準決勝で負けるのだろうなと思っていたら、横浜高校は準決勝を投手松坂抜きで勝ち進み、松坂のノーヒットノーランで決勝を征し春夏連覇の快挙を達成してしまったのである。
 で、その翌年のプロデビュー戦、当時日ハムの片岡を155k/mで空振り三振に打ち取り、7回まではノーヒットノーランかという新人離れした投球をしたのは記憶に新しい(それでも8年前か)。

 何が言いたいかと言えば、怪物松坂には何かがあったとしか思えない。横浜高校の他の選手に失礼かもしれないが、準決勝で普通は終わっていてもおかしくなかったはずだ。
 去年の夏の甲子園、決勝で駒大苫小牧が勝っていれば、史上初の夏の甲子園3連覇の偉業が達成されていた。しかし、延長再試合になったとはいえ、田中投手はその偉業を達成することが出来なかった。春夏連覇と前人未到の3連覇では偉業の内容が違うかもしれないが、それが出来なかったということが、松坂と田中投手の決定的な違いだったのだろう。

 甲子園が開かれる度に怪物と呼ばれる球児たちが現れる。
 しかし、ゴジラが世に生まれて怪獣と呼ばれるもののイメージが大きく変わってしまったように、松坂という怪物が世に出てしまったことで、怪物というものも大きく違ったものになってしまっているのではないだろうか?(松坂の話なのにゴジラを例えに出すのはどうだろう?)
 ゴジラついでに、巨人で背番号55を付けようという身の程知らずがしばらく現れないように、甲子園の怪物という称号もみだりに使うものではなくなったのではないだろうか?

 松坂世代という言葉を生み出し、怪物の意味も変えてしまう松坂大輔。
 大リーグでどれだけ活躍するか予想も出来ないが、既に怪物という言葉で形容するような存在ではなく、松坂で通じる凄さを手に入れたのだろう。

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