« あなたが選ぶスポーツ名場面100選 | トップページ | 漢の魂じゃない方のドリル »

2008年2月28日 (木)

神々の熱き戦い

 余りにも神、神連呼しすぎて、仕舞いには「お前の神は何人おるんや」とテレビで言われたタレントがいる世の中である。
 素晴らしい物を表現する時に神という言葉は良く使われるが、神という言葉はある種の負けを意味していると思う。要するに、自分の好きな物の魅力を説明できていないからだ。神と言えば、それで終わりなのである。
 それに、トランプで言えば、ジョーカーに例えるのが近いだろうか? ストレートフラッシュの一部になるジョーカーもいれば、最弱のワンペアの一部にしかなれないジョーカーも同じカードなのである。先ほど例に出したタレントが口にする神など、チェーンソーでバラバラになる神以下の価値しかない。
 十戒の「汝、みだりに神の名を口にすることなかれ」は間違っていなかったようだ。

 しかし、それでも神としか形容できないほど自分の中で大きな存在はそれでも存在する。
 何年も前の話であるが、東京の中華料理屋でバイトをしていた頃、お客の男性が、見覚えのある怪獣の写真を整理していた。怪獣マニアの自分にはそれが、一部で有名な「プルガサリ」であるのはすぐに分かったので、思わず、「あっ、プルガサリですか」と声を掛けると、その男性は「よく知ってるね」と返事をして下さった。
 既に、恐れ多くて文末が敬語になっているが、よくよくその男性の顔を見れば、平成VSシリーズでゴジラの中に入っておられた、薩摩剣八郎さんその人だったのである。そのことにすぐに気付かないとは、二十数年に及ぶ怪獣マニア歴が一瞬で崩れ去るほどのミスである。
 もっとも、言い訳をすれば、そんな方が身近にいるとは夢にも思わなかったし。

 だが、不思議と感動はなかった。
 痛みが凄すぎると脳内麻薬だかが分泌されて痛みを感じなくなるように、感動も度を越えると何も感じなくなってしまうものらしい。
 結局、その後、薩摩さんとは店員とお客さんとしての普通の会話をしただけで、「薩摩さんのゴジラ見て育ちました」なんて言葉を口にすることはなかった。

 こうやって思い出してるだけでも、背筋がゾクゾクとしてくる。
 そういう経験をしてる以上、気軽に神を安売りできる人間は絶対に信用できない。

|

« あなたが選ぶスポーツ名場面100選 | トップページ | 漢の魂じゃない方のドリル »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/190936/40296379

この記事へのトラックバック一覧です: 神々の熱き戦い:

« あなたが選ぶスポーツ名場面100選 | トップページ | 漢の魂じゃない方のドリル »