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2008年3月14日 (金)

泣きました 叫んでません そして、死んでません

 「ARIA」が12巻で完結した。
 いい終わり方だったと思う、っていうか、目から水が自然と溢れてくる。
 人間とは悲しい生き物である、悪口批判なら雨霰のように言葉をつむぎ出せるのに(「テニスの王子様」の話参照)、どうして褒めようとすると言葉が出てこないのだろう?

 勝手に思う「ARIA」の魅力は日常だったと思う。3人娘が送る何気ない日常(猫妖精絡みの話のどこが日常だとかは言わない)、その中にある素敵なもの、特に大事件が起こるわけでもなく、ただ、ネオヴェネチアでの日々が過ぎていく話。しかし、11巻の最後のエピソードでアリスが一人前に昇格してから、少しづつその日常が変わっていくことになる。
 細かい話を書くだけでは脳がないので、簡単にまとめると、12巻で描かれてるのは変化していく日常とそれに折り合いを付けていくキャラクターが丁寧に描かれている。例えば、一言も台詞が無いけどアリスを見守ってるアテナとか(他の会社の寮に灯里と藍華がどうやって入れたかを考えると)。

 で、個人的に白眉だと思うのは、アリシアが灯里に昇格試験を先延ばしにしてたことを告白するシーンだと思う。
物語中、完璧超人として描かれていたアリシアも日常が壊れることを恐れていたと分かる場面だ。正しい表現とは思わないが、アリシアが初めて人間らしく見えたような気がする。極端な話、アリシアの代わりに「あらあら」「うふふ」しか言わない人形を置いても話が成立するのではないかというぐらい、アリシアは完璧すぎた。そんなアリシアが見せた弱さと、その後、灯里が自分もそれを乗り越える誓うシーン、泣くなと言う方が無理でしょう…。

 そして、最終話のラストシーンは灯里が初めてAQUAに来た時のアリシアのそれと同じである。また、新しい日常が始まることを期待させるいい終わり方だった。

 気取って言うなら、「大人になる」というのが終わるに当たってのテーマだったのだと思う。
 大人(あの世界では一人前)になることの喜びとそれと同時に生じる悲しみがバランスよく描かれている(ただ、若干、悲しみの方が比重が大きいような…)。
 詳しい事情までは知らないが、巻末のコメントによるとちょうど一年ほど前に作者はアリアという猫を亡くしたそうである。一説には、それがショックで「ARIA」を急に終わらせたなどと言われてるが、作者の中でアリアと過した日々は灯里の台詞に昇華されていると思う。
 失礼な言い方かもしれないが、悲しみを乗り越えた人だからこそ、アリシアと灯里のやり取りは描けたのではないかと思う。

 アニメでは、某軍曹の侵略に見舞われることもあったが、この感動は幅広く共有できるものだと思う。願わくば、もっと、多くの人の目に触れて欲しいものだ(特に、これからのシーズン)。

 最後に、散々書いた最後はこの言葉で締めくくるのが相応しいだろう、恥ずかしいセリフ禁止!

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