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2008年6月18日 (水)

金田一耕助の慈悲

 毎度のように犯人の自殺を許してしまう金田一耕助。
 某コナンくんにすら批判されているが、昨日のような死刑執行のニュースを見てると、劇中で等々力警部辺りが指摘するように、これも1つのヒューマニズムだったと思う。

 最初に断っておくが、死刑制度自体は反対というわけではない。ただ、あまりにも簡単に死刑執行を命令できる神経を少しばかり疑っているだけだ。

 オタクの端くれだから、宮崎勤の事件は子供心にかなりの衝撃があった。。
 当時、BS2で再放送されてた「帰ってきたウルトラマン」を録画していたのだが、あの部屋のビデオテープの中に「帰ってきたウルトラマン」と書かれたものがあったのを今でも覚えてる。だから、口では自分は違うと言っていても、深層心理の中では自分も同じだという恐怖があったのかも知れない(小学校低学年だったけど)。
 それが原因でいじめられたことはないが、何となく肩身の狭い思いでそれからの人生を送らなければならなくなっているわけで、宮崎勤を擁護する気もなければ、殉教者に祭り上げようなどとは死んでも思わない。

 空想世界の正義の味方を見慣れてると、現実世界で正義の味方を自称するヤツがどれだけ非現実的な存在であるかが見えてくる。
 たしかに、宮崎勤が死刑に値するだけの罪を犯したことは間違いないだろう(諸説あるけど)。だとして、今回執行された3人とされなかった102人には同じ死刑囚でもどんな違いがあったのだろうか?
 熟考に熟考を重ねた末に決めたにしては、熟考の跡が見えない。まして、命令した大臣の友達はアルカイダである。そのような思慮に欠ける発言を何度も繰り返してる人間の熟考なんて「バカの考え休むに似たり」そのままではないだろうか?
 空想世界の正義の味方全員とは言わないが、少なくとも何人かは悪党とはいえ人の命を奪うことにためらいを感じ葛藤していたが、テレビで見る大臣の顔は血色良さそうだった。
 顔は似ても似つかないが、「デスノート」の魅上照が「削除削除」と連呼しながらデスノートに名前を書いてるような不気味さすら感じずにはいられない。

 で、頭の金田一である。
 金田一シリーズ(特に映画)の犯人は確実に死刑だろう。裁判で死刑を宣告されれば、いづれ誰かが執行命令を出して、誰かが死刑執行という人殺しをしなくてはならなくなる。人間は全員が全員今の大臣のようなわけではないわけだから、誰かが苦しむことになる。
 そういう意味で、金田一は、犯人に自分を裁く機会を与えていたのではないだろうか?

 何のテーマで書いてるのか自分でも分からなくなってきたが、「正義」なんて言葉を口にするんなら、普段の言動にもそれなりの責任を持ってもらいたいということである。
 日本国内では間違いなく「正義」という言葉が1番に合わない人間である。

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