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2008年7月 2日 (水)

本能寺への道

 織田裕二が山本高広さんのモノマネを面白くないと切り捨てたらしい(敬称が変なのはワザと)。
 この何気ない言葉が織田裕二の俳優としての寿命を大幅に縮めたと言っても過言ではないだろう。

 そりゃ、モノマネされて気分が悪くなることもあるだろうが、公然と言うものでもないだろ。モノマネという芸がある程度認知されているご時世、心の狭い人間だと思われるとは考えなかったのだろうか?
 それに世界陸上の織田裕二のモノマネなら関根勤さんがやっていた時はなんとも思わなかったのだろうか? 自分よりの格下の相手には文句が言えるという小物ぶりが伺える。
 あと山本高広さんが自分の真似だけをしてるという自意識過剰も最高だ。別にテレビで見なくても少しぐらい調べれば他にもレパートリーがあることぐらい分かると思うが。
 要するに、最初から相手にしてなかったということなのだろうけど。

 悪いが、織田裕二は自分が思ってるほどの俳優だとは思われていないことに気付いてないのではないだろうか? 仮に、「織田裕二といえば何?」というアンケートをした場合、青島と世界陸上以外に何が挙がるというのだ(「WHITE OUT」なんて誰が覚えてるだろうか? タイトル覚えてるけど、織田裕二の役名覚えてないし)。
 勘違い大物俳優という表現が正しいだろうか? 一度、裸の王様という童話を読み直した方がいいのではないだろうか。

 かつて、長州力さんが小力さんのブレイクをキッカケにバラエティ番組にも出演するようになったように、山本さんのブレイクも何かのキッカケにすべきだったのではないだろうか。
 どこぞのエロ男爵がエロ男爵になることで演技の幅を広げたように、バラエティ番組などで違う自分の一面を発見して、「何をやっても青島」という自分の演技を変えるキッカケが掴めたかも知れない。
 井沢元彦さんは「幸運の女神は嫉妬深い」と表現していたが、こういうチャンスをモノにできなかった人間はもう滅びるしかないということだ。例えば、本能寺の変の直後、主君の死を自らの幸運と考えた秀吉は天下を取ったが、そう考えなかった柴田勝家や滝川一益はどうなったか…。

 散々大口を叩いたドラマの視聴率が楽しみである。

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コメント

別に裏で手を回して自分の物まねを止めさせた
キムタクも
訴訟を起した矢沢も全然平気だったんだから、
心配してあげた織田裕二がどうにかなるとは思えないけど?

むしろ織田以上に上から目線の君のほうが・・・。

投稿: いを | 2008年7月 3日 (木) 14時05分

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