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2008年10月15日 (水)

「本気」と書いて「マジ」と読む

 世の中には本気モードと呼ばれる状態がある。
 アニメやマンガなどでは、外見上の変化によってそれを表現する場合が多いし、プロレスなどでは、普段使わない技を使用することで相手に敬意を表したり、試合を大一番であると観客にアピールしたりする。

 全然関係ないようだが、声優の平野綾ちゃん。
 一部のファンは、黒のロングだった彼女の髪が茶髪になり、ショートカットになる度に「遊んでるみたいだ」とか難癖をつけて反発してたようだが、アレは計算した上で変えてたのではないかというのが持論である。
 というのも、細かい時期には誤差が出るかもしれないが、ハルヒ以降、代表作になるであろうアニメの時期とイメチェンの時期が重なっていないだろうか。個人的に、黒髪ロングがハルヒ(TVCMにもその髪型で出演してた)、髪の色を変えてこなた、ショートカットにしてチコというイメージである。
 最初から推測だが、ハルヒの印象が強烈過ぎたために、その後何をやってもハルヒと言われないために外見の印象から変えているのではないだろうか?(ハルヒも曜日ごとに決まった法則で髪型を変えていたが) そんなことはないと思うが、ハルヒの2期が遅れているのは、綾ちゃんの髪がハルヒの頃の長さに戻るのを待っているからだったりするかもしれない(99%ないだろうけど)。

 で、つんく♂プロデュースでCDを出した今回のアニメに際して、髪型はどうなっていただろうか?
 ほとんど変わっていない(と思う)、チコ状態のままである。これはもう、ネイルをいたぶり殺した時のフリーザ、チョークスラムだけでピンフォール勝ちをするアンダーテイカー、一本角のままのUCガンダム、斬空波動拳が1発しか出ない豪鬼etc。

 本気にさせることができなかったプロデューサーのせいってことになるんでしょうかね?
 

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2008年10月12日 (日)

官渡と赤壁

 阪神の岡田監督がペナントレース2位だったにも関わらず13ゲーム差を引っくり返されたことで、辞意を表明したそうだが、これまでの成績を考えれば、辞める必要が無いとか、他にも辞めるべき監督はいるのではないかという声もある。

 先日の「その時歴史が動いた」で取り上げられた三国志の中の3つのその時の内の2つは「官渡の戦い」と「赤壁の戦い」であった。この2つ、戦争によってその後の歴史の流れが決まるという結果をもたらしている点では似ているが、決定的な違いがある。それは、敗者がその後どうなったかという点である。
 前者の官渡の戦いの後、敗戦のショックで袁紹は病死。その後、生前の袁紹が後継者に長男でなく可愛がっていた三男を選んだことで、内部分裂を起こり、互いに争って弱体化したところを個々に倒され滅亡した(しかも、天才軍師郭嘉にその流れを予見されるオマケ付き)。
 後者は、その後の本格的な呉への侵攻を諦めただけで、曹操自体は大してダメージを受けていない。主だった武将で戦死した者もいなければ、その後、攻めてきた周瑜を何度も撃退している。研究者の中には、赤壁で敗戦をした割にその後も勢力が衰えていないことから赤壁の戦い自体が存在しなかったのではという説を唱える人間もいるらしい。
 つまり、戦争で敗戦しても直には滅亡しないのである。現に官渡の勝利直後では曹操も本格的に袁紹の領土に攻め込むことはできなかったのだから。敗戦処理の方法を間違えると滅亡するのである。

 今回の岡田監督は敗戦処理の方法を完全に間違えている。
 福田前首相を一番いいタイミングで辞任したと評していた評論家がいたが、岡田監督は1番最悪のタイミングで辞めたといっても過言ではない。
 良し悪しはともかくクライマックスシリーズがまだ控えている。去年の中日などの例を見ればリーグ2位からでも日本一を狙うことは十分にできるはずなのである。しかも、日本一は星野前監督ですら達成できなかった悲願である。阪神ファンなら13ゲーム差を引っくり返されたことなど道頓堀にでも放り込んで忘れてくれるだろう。
 そんな夢物語よりも、去年のCSや日本シリーズでの歴史的な惨敗が頭をよぎってしまったのだろうか? 妙なところだけ現実を見てしまうのだろうか。

 岡田監督は、長期的なシーズンを戦うことは得意だが短期決戦に弱いだけという阪神ファンもいたが、シーズン以上に長期的なチーム運営も苦手なようだ。
 年間80勝したのとほぼ同じであろう戦力で来季に雪辱をしようと監督が考えれないのである。新しい暗黒時代の始まりを告げるには十分ではないだろうか?

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2008年10月 9日 (木)

八百長夢物語

 大相撲の八百長問題が話題になっていたが、仮に八百長が事実であったとして何か法律に触れたり、倫理上問題になるようなことでもあるのだろうか?
 まぁ、大相撲の八百長問題の場合、証言をしようとした人間が偶然、証言直前に2人も亡くなったりしているので、陰謀めいたものがあるのが魅力(?)なのかも知れない。

 個人的に、好角家の人がいる限り、相撲に八百長もクソもないと思う。
 相撲について語るデーモン小暮閣下を見てるだけで結構、楽しい。仮に、好角家の中から八百長を批判するような人間が出てきたら大相撲は終わりだと思う。
 それにしても、八百長を内部告発している人間は、勝ち星と金銭の授受ばかり強調してるが、技術的な面で八百長を指摘していたのはあまり聞いたことがない。八百長を成立させるには、うそ臭くない程度にわざと負けるという高等技術が存在しなくてはならない。何故なら、眼の肥えた人間には、ガチンコか八百長かの判別は簡単にできるはずだからだ。

 話は逸れるが、先日のクイズ番組で明らかに怪しい人間がいた。
 肩書が東大生だからある程度クイズの成績が良くても不思議じゃないかもしれないが、それにしても出来過ぎだったと思う。最後の決勝戦の早押し問題で「4月12日に首相官邸で福田首相(当時)と会見した韓…」でボタンを押していたのだが、録画してないので細かい検証できないのだが、押したのは「韓(国)」に差し掛かる前だったと思う。
 百人一首では決まり字といって、頭の数文字で残りの句を確定させて札を取る技術が存在するが、この問題で、決まり字というか確定させるべきは「韓国の」辺りが適切だったのではないかと思う。

 八百長の難しいところはこれである。
 バレないようにするのが1番難しい。

 しかし、仮にクイズで答えを教えられていたのだとしても、教えられた答えを覚えたという努力はしているはずなので、それはそれで認められるべきでもあると思うが、そこから先はどうするのだろうか?
 クイズの魔女・麻木久仁子と互角の勝負をしたのはいいとして、果たしてその後も互角に戦える実力を維持し続けていられるだろうか?

 八百長なんて批判しなくても、やった本人は遠からず自滅するようにできているはずなのである。
 だから、八百長に気付いても大騒ぎすることなく、その様を眺めるのが通の楽しみ方ではないだろうか?

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2008年10月 8日 (水)

ソレガモトメテイタ「笑い」ナノカ?

 中学生の頃のことである。
 新入生歓迎会で、「アタックNo.1」の歌に合わせてオカマっぽい踊りをした先輩がいた。感想に「気持ち悪い」みたいに書いたところ、学年集会が開かれるほどの大問題となった。
 その先輩は、「皆に笑ってもらえるなら、どんなことでもする」と言ってたそうだが、十数年が経ち、お笑い芸人になったその先輩は、何故かオタク芸人になっていた。

 それがあなたの求めていた笑いなのですか?

 それ以前に、あなたがオタクだということを知らなかった。
 高校の頃、真面目に終業式に参加してたのに、終業式をサボって夏エヴァを見に行ったという噂が立っていたほどのオタクだったオレが知らないだけで、隠れオタクだったんですかね? それとも、中学の時に本当はオカマじゃないけどオカマ踊りをしてたように、オタクでもないのに笑いを取るためにオタクをやってるんでしょうか? 後者だとしたら、あの時とほぼ同じ言葉を送りますよ、“見てて恥ずかしくなってきた”。

 オタクの真似したところで買うのは失笑か、バカにされた笑いですよ。本当に笑いが取れてるなら、どうしてテレビに相方ばかり出てるんでしょうか?
 中学の時は、「一生懸命やってる人間を気持ち悪いというのは何事だ」と叱られましたが、あなたは今、一生懸命オタクをやってるのでしょうか?
 昼に偶然見たテレビに映ってた目は死んでるように見えました、新入生歓迎会でオカマ踊りをしてた時は、随分楽しそうに見えたのですが…。

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2008年10月 1日 (水)

真剣勝負幻想

 プロレスが深夜枠に追いやられどのぐらいの年月が経っただろうか? そしてプロレスと入れ替わるように真剣勝負を売りとした総合格闘技がゴールデンで放送されるようになった。
 正直、当時はプロレスにほとんど興味がなかったので詳しい事情は知らないが、プロレスが悪く言えば八百長であるというのが知れ渡ったのが原因の一つだったのではないだろうか? だからこそ、八百長でない真剣勝負を売りとする総合格闘技に需要が生まれたのだろう。

 しかし、八百長でない真剣勝負であれば、無条件に面白いであろうか?
 たしかに、最初の頃のK-1では、迫力満点のKOシーンが目立って格闘技が分からない素人が見ても分かりやすい面白さがあった。多くのKOシーンを見たわけではないが、個人的にベストだと思うのは、レミー・ボンヤスキーVS曙でのKOシーンである。曙の崩れ落ちる姿が「人間ってこうやって崩れるものなんだ」というお手本のような感じが出てたのと、全く同じ日の日本武道館では、KONISHIKIがリング前の最前列の席2つに座って、WWEのスーパースターからリスペクトされながら、墓掘り人のアンダーテイカーの初来日を見ていたという対照的な姿が印象的だったからだ。
 だが、昨今、そのKOシーンが前ほど見られなくなった気がしてならない(総合というよりも打撃系になるのか)。トーナメント形式なので無理にKOを狙いに行くよりも体力を温存して判定勝ちに持ち込んだ方が有利になるという戦略があるのかも知れないが、判定に持ち込まれることが増えた気がする。
 そして、その判定というものが素人目には極めて分かりにくいものなのだ。別に八百長を疑っているわけではないのだが、素人目では、手数が多くて優勢に見えても、決定打が少ないと判定では負けになることもある。とにかく分かりづらい、ゲームのように体力ゲージや点数が表示されるわけではないし。

 度を越えた科学が魔法に等しいのと同じように、判定基準が理解できないと真剣勝負をしていても八百長と大して変わらないのである。
 かつて、真剣勝負が持っていたはずのアドバンテージが成立していないのである(オレの中だけかもしれないけど)。

 それにしても、日本人は何故、八百長を嫌うのであろうか?
 今年大ブレイクしたおバカ軍団もどうせ台本があるのだろうと毛嫌いする人間もいる。個人的見解を言わせてもらえば、アレは仕込んでできることではないと思うが…。

 真剣勝負こそ素晴らしいみたいな風潮が、何か日本によくない影響を与えているのではないだろうか?

 

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