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2009年6月15日 (月)

如水のごとく

 本能寺の変の第一報を聞き、呆然とする秀吉に軍師の黒田官兵衛が「ご運が開けましたな」と言って睨まれたというエピソードがある。
 今回の三沢光晴さんの死。本当にこのままで終わらせていいモノなのだろうか?

 4月からに日テレはNOAHの地上波の放送を打ち切った、長い歴史があったにもかかわらず。しかし、今回の三沢さんの死に関しては、日テレはおろかNHKも含めて数多くのニュース番組、スポーツ新聞だけでない一般紙が取り上げているのである。ハッキリ言おう、NOAHというかプロレスという存在が、ここまで注目されるようなことは21世紀中に起こってもあと数回だ。
 これを機に、プロレスの仕組みを公表してしまってはどうだろうか? 今更、何のデメリットがあると言うのだ。プロレスを八百長と見限った人間は当に総合格闘技とかに走っているだろう。むしろ、その総合格闘技に嫌気がさした人間を再び取り込む絶好の機会ではないか。
 少なくとも、今回の件で、プロレスという存在が問題視されることは明白である。問題視だけならいいが、下手をするとバッシングにまで発展して、日本のプロレスの息の根を止めてしまうものになる。だって人が死んでいるのだから。
 だから、注目されている今の内にプロレスとはこういうものなのですと、世間に公表する必要がある。その上で、今回の悲劇が起きた原因を追究すべきなのではないだろうか?

 そう、海堂尊さんの小説の受け売りでしかないが、死因は公表すべきだ。
 本当にただ1度のバックドロップの事故が原因なのか、 もっと日常的なダメージの蓄積で体が蝕まれていたのではないか、そういう事実をハッキリさせなければ、WWE風に言うところの業界のためにならない。
 更に言えば、レスラーの兼任社長という制度も見直さなければならないかも知れない。レスラーとしてのコンディションを維持しながら、団体の運営をするなんて、当たり前のようにやってるけど普通ではないだろう。

 えぇ、不謹慎なことですよ。
 でも、その不謹慎なことのお陰で秀吉は天下を取ることが出来た。本能寺の変の後、秀吉と対照的に関東で孤立した滝川一益は天下を取るどころか、北条に攻撃されて軍団は壊滅し、清洲会議での発言力も失い没落していった。
 単刀直入に言えば、今の状況、悪魔にでもならなければ、滝川一益のようにNOAH、最悪日本のプロレスは終わりだ。
 

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