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2009年10月30日 (金)

女装ダンスに秒殺KO、あいつは変態だ

 長島☆自演乙☆雄一郎選手がまた秒殺KO負けをした。不謹慎発言であることを承知の上で書くが、彼には早く死んで欲しいのだが、ここまでの敗戦は期待もしてなければ、予想もしていなかった。つまり、格闘技素人すら考え付かないレベルでのクズということなのだろう。

 死んで欲しいと書いたが、冗談で言ってるわけではない。
 例えは悪いが、中国人がアメリカで日本人の振りをして日本料理屋をオープンし、そこで出されたフグ料理が原因で何人もの死者が出て、日本料理が大バッシングを受けているようなものである。自演乙はこの中国人レベルのことをやっているのである。
 これは自演乙をエセオタをした場合の例えであるが、そうでなくても勝手に会社の金を増やそうと博打で使い込んでしまった日には、買っても負けても立派な横領罪になるだろう。例え会社の金を増やそうという善意(?)出会っても使い込みは使い込みだ。勝手にアニメファン代表みたいな面をしてテレビで醜態を晒した日には、死んで詫びるぐらいはして欲しいが、最低でも頭を丸めて秋葉原駅前辺りで一日中土下座するぐらいしても罰は当たらないだろう。

 自演乙をエセオタを断言したが、税金の無駄使いと同じ理屈である。官僚にしてみれば、税金は自分の金ではないからいくらでも使えるように、自演乙にとってのオタクの権威(オタクにそんなものがあるのか知らないが)は傷ついても傷つけても痛くも痒くもないものなのだろう。つまり、彼はこちら側の人間ではない。
 オタクとは、定義が定まらないが故に発展したというのが自説だが、昨今、その定義を悪用してオタクに自分の居場所を求める人間が多いように思える。

 自演乙もその1人だろう、自分の女装癖を満足させることができれば十分なのである。コスプレと称して、女装した自分を人前で晒すことで快感が味わえればいいから、「ハレ晴レユカイ」のダンスもいい加減で構わない。
 そして、本来武士でなかった幕末の新撰組が武士以上に武士であろうとしたように、その手のエセオタは自分たちがオタクである既成事実をより過激な方向で示そうとする。更に、そうやって目立つことで、同じ穴の狢たちが集まり収拾がつかなくなる。
 それが、今のオタク界の実情ではないだろうか? そして、その流れを呼び込んだ元凶は自称オタクのあのタレントであることはほぼ間違いない。

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2009年10月21日 (水)

上書きされる記憶

 さて、未だ辞め時期を見つけられないドラゴンクエストⅨであるが、その一端を担っているのは宝の地図の洞窟に潜む歴代大魔王(一部肩書に偽りあり)の皆さんであろう。
 連中は、元の作品よりも強い。強いだけでは飽き足らず、倒されるたびに経験値をねだってはより凶悪に成長していく…。

 突然話は変わるが、RPGの戦闘BGM、特にボス戦の曲が大好きで、MDに入れて外でよく聞いたりしている。そんなBGMを聞きながら思い出すのは、最高レベルまで成長させたパーティーで文字通りのフルボッコにするラスボス戦である。そう、基本的にレベル99にさえしてしまえば、ドラクエのラスボスは基本的に楽勝で勝てるような連中なのである(光の玉使用前のゾーマは除く)。
 ドラクエ9に出てくる大魔王たちは元の作品のBGMで戦闘になる。ドラクエ5に出てきたエスタークのBGMがミルドラースと同じ曲だったのが少し残念に思えただけにBGM好きにはうれしい演出だ。

 しかし、ドラクエ9で再登場をした大魔王軍団は元の作品とは比べ物にならないほどの強化を受けている。オレの知っているバラモスは灼熱の炎なんか吐いてこなかった(灼熱の炎はドラクエ5から)。レベル1程度の魔王ならまだ可愛いものだ(それでもドラクエ9のラスボスより遙に強いが)。
 問題はレベル99とかになった時である。すれ違い通信で、偶然ミルドラース・レベル99の地図が手に入った。本編クリアできる程度のレベルで遊び半分でケンカを売ってみた。
 1ターン目、こちらが行動する前にメラガイアーで回復役即死、暗黒の霧で弱体化(攻撃力低下だけで死に至るものではない)、煉獄火炎で残りのメンバー一掃。どこかの大魔王様の天地魔闘の構えって、この位凶悪なのかなという感想以外思い浮かばなかった…。

 それから、レベル99に育ててからの再戦で何とか倒すことはできたが、未だに100%勝てるという確信は持てない。他の大魔王にも言えることだが、相手が凍てつく波動を使うか否かがそのまま勝敗の分かれ目になっている。
 自分で育てたわけではないのが悲しいが、ドルマゲスとデスピサロのレベル99の地図も手に入り倒すことには成功したが、「ドルマゲス」を聞きながら竜神王相手に絶望的な戦いを挑んだ記憶はあるが、ドルマゲス相手に苦戦した記憶はない。何せ、ドルマゲスの手前の回復ポイントを基点にその辺に出るはぐれメタルを狩りまくって公式ガイドブックの目安のレベルよりも10ぐらい高いレベルで戦いを挑んだから(簡単に言えば、ククールがベホマラーを覚えた状態)。「悪の化身」(デスピサロ最終形態のBGM)を聞きながら、3回攻撃を受けた記憶はない。まして、煉獄火炎or光り輝く息のあとに打撃連発で2人もやられるような戦闘はエビルプリースト(リメイク版でとある条件を満たすと出て来るラスボス)相手にも記憶がない。オレの知ってるミルドラースはたまに痛恨の一撃を繰り出したような気はするが、間違ってもダメージが999で即死と同意味ではなかった。「大魔王」で苦戦するのは隠しボスのエスタークの方だ。

 とにかく、歴代大魔王のBGMを聞くたびに今思い出すのは、ドラクエ9での恐怖の記憶である。

 どうでもいいが、竜王はいつまで横を向いているのだろう? 

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2009年10月 3日 (土)

八つ墓村の200倍以上

 最近、身の回りでよくないことが起こると、こう考えてしまう。
 「崇りじゃ、メタキン様の崇りじゃ~」と。

 例のまさゆきの地図(地下15階にメタルキングしか出現しないフロアの存在する洞窟の地図)と、積極的に攻撃をしてくる今回のメタル系モンスターの仕様のせいで、簡単にメタルキングが倒せるドラゴンクエストⅨ。
 既に戦歴画面の倒した数はカウンターストップの999匹、多分、実際はその1.5倍は倒している。過去のシリーズでもメタキンの出現しやすい場所を徘徊してはメタキン狩りに精を出したものだが、こんなに殺したことはない。これはメタキン狩りを通り越して、メタキン大虐殺である。

 ドラクエⅨの出荷数が400万本を越えたそうである。仮に、1人当たり1000匹のメタルキングを倒したすると、日本中で虐殺されたメタルキングの数は実に40億…。ウルトラマンに虐殺されたバルタン星人の倍の数ではないか…。

 冗談抜きで、スクエニにはどこかの神社に協力してもらって、大々的なメタキン供養を開催してもらいたいと思う。
 えっ、錬金材料のオーブ目当てで虐殺された低レベル大魔王? あいつらは可愛くないから良心の呵責に苛まれることなんてないからいいんだよ。
 
  

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2009年10月 2日 (金)

わくわく脳内ランド

 ゲームばかりやってると、虚構と現実の区別がつかなくなり、平気で犯罪行為に走れるらしい。
 なんとも悲しいことである。せっかく、現実のしがらみから解き放たれたというのに、犯罪行為という低俗なことしか考え付かないなんて。
 やはり、普通の人間(?)なら、最初に「I can fly!」と叫んで大空に飛び立つものではないだろうか? ホラ、俳優で大空に飛び立って無事だった人もいたじゃない…。

 まぁ、そんなことはどうでもよくて、人間は時として妙な電波を受信するものである。というか、そうでないと説明できないような思い付きをしてしまう。世の中には、そういう電波が受信できなくて特別なお薬を使う人間もいるようだが…。

 で、今回受信した電波によると、昨今のアニメやゲームでは「男の娘」というジャンルが成立している。ということはだ、女性声優の中にも1人2人男の娘が混ざっていてもおかしくない時代なのである(既におかしいのは誰の頭か…)。
 じゃ、誰が男の娘なのかだが、能登麻美子さん辺りではないだろうか?
 理由は、何故か女性声優に持てまくる。一部の趣味の人間の間では「愛と悲しみの能登サークル」なんて呼ばれるぐらい、多くの女性声優から求愛を受けている。本当に男だった日には、ちょっとした学生時代的なイベントが起きること間違いないだろう。

 しかし、かつて、能登さんに川澄さんをお姫様抱っこして欲しいというメールを送って採用されてニヤニヤしてた人間としては、複雑な電波を受信してしまったものである。

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2009年10月 1日 (木)

僕たちはオタクエリートの表紙をやったことを忘れない

 自民党の惨敗に終わった衆院選から早一ヶ月。
 結果誕生した民主党を中心とした鳩山内閣はマニフェストを実現に向けて動き出しているが、何か根本的な勘違いをしているのではないだろうか?
 「君主論」のマキアベッリ曰く、「大衆とは常にベターな方を選ぶものである」だそうである。つまり、国民はあくまで自民党か民主党かを選べと言われたから、今回は民主党の方がベターであると判断しただけで、民主党のマニフェストを積極的に支持したわけではない。
 「砂漠で干からびて死ぬの」と「冬山で凍えて死ぬの」では個人的に夢を見ながら逝けそうな後者を選ぶが、他人からは冬山で凍死するのが大好きなんて思われてしまうだろうか?
 大体、民主党のマニフェスト(他党のものも含め)を読んだ人間が有権者の何%だろうか? 多分、「涼宮ハルヒの憂鬱」を読んだ人間の方が数としては多いのではないだろうか?

 何にしても今の民主党はやりすぎのような気がしてならない。
 それこそバカの一つ覚えのようにマニフェストに書かれたことを実現させようとしている。マニフェストってのはゼーレの死海文書並に有難いものなのだろうか? もっとも、ゼーレには予定と違うことが起きても、その場その場で対応して計画を進める臨機応変さが見られたが。脱官僚の政治主導を訴えてるが、実際の閣僚のほとんどは自らの政策立案能力は皆無で、マニフェストという名の命令を実行に移すだけの人形なのではないのかという疑惑さえ浮かぶ。特に、前原国土交通大臣のダム建設中止にかける意気込みは、親から「誰も家に入れてはいけないよ」と言われて、瀕死で助けを求めている人すら追い返すぐらい融通の利かない子供のようなものがある。

 っていうか、仮にこの先2大政党制に完全移行したとして、良くない流れではないだろうか?
 つまりこの先、政権交代が起こるたびに、それまでの政策や法律や予算が見直されるなどして、政治の動きが止まる。他の2大政党制の国がどうなってるかはよく知らないが、日本では確実に政権交代の度にこのような現象が起こることだろう。

 今回の選挙で、民主党に投票した人間の何割かは「アレだけいうのだから1度政権をとらせたらどうなるだろう?」という程度だろう(世論調査にそのような選択肢があったかは知らない)。
 サンプル品を手にしたつもりで、製品を買ったときと同じ金額を要求されたらよほどのことがない限りクーリングオフだ。

 鳩山内閣を見ていると、野党に転落したら2度と与党に戻ることがない転落の仕方をするのだろうなぁ~と思わずにはいられない(そして、絞り粕になった民主党は解党でもして、次の新しい政党に生まれ変わって、某壊し屋さんの面目躍如になるのだろうなぁ)。

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