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2010年12月23日 (木)

SHADOWMARU

 話題の齋藤智裕さんの「KAGEROU」であるが、そもそもアレにまともな書評が成立するのだろうか?
 某本を食べる妖怪風に言えば、「マツタケに泥がついたまま」「魚が切られずにそのまま入ってる」「お肉に火が通ってない」と昔やってた「愛のエプロン」に出た料理のような感想を言うことだろう(それでも遠子先輩はバケツに掛け込むようなことは絶対にしないだろうけど)

 「荒削り」という言葉があるけど、そんなレベルですらない。これは採掘場から岩石を持ってきただけである。
 ただ、皮肉なことにこのような小説だからこそ、ゴーストライターでなく本人が書いたものであると誰もが考えることだろう。
 正直、水嶋ヒロに対して何かを思うよりも、こんな小説を世に出した周りの人間に対して怒りを覚える。

 結婚で事務所と何かあったか知らないけど、人気俳優だった水嶋ヒロが作家になると言って消えた以上、その処女作はポプラ社小説大賞や2000万円の賞金という話題性が無くても十分な商品価値があったわけである。
だったら、もう1年ぐらい小説の修行をさせたり、プロットを煮詰めさすなりすべきだったのではないだろうか。
 小泉元総理が言っていた「米百俵の精神」の逆で百俵の米を一度で食べつくしただけだろう。

 そりゃ、出版不況という言葉はよく聞くけど、余りにももったいなさすぎないだろうか?
 68万部売れたか知らないけど、齋藤智裕先生の次回作が同じぐらい売れるとは誰も思わないだろう。一発屋なんてレベルでないただの特攻隊だ。しかも、ただの特攻ではない、ポプラ社小説大賞という賞も抱え込んでの特攻である。このレベルの小説が受賞するような賞に今後どれだけの価値があることか(賞の名前が変わったとしても)。
 まぁ、ポプラ社に余り良くない噂があるけど、この商売のやり方はそれを裏付けるような気がしてならない。
 
 余談だが、本当に売れて評価されてるというのなら、発売から1週間、映像化の話題がどこかから出てもおかしくないだろうか? それがないということは、どういう評価なのかは推して知るべしだろう。
 悪いが映像化できるとしても、「世にも奇妙な物語」の1エピソードぐらいの扱いが妥当な所だろう。
 

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