2013年1月14日 (月)

2013000匹のマーチ

 余り更新してないブログに今更書くのも何だがドラクエⅩをプレイしている、それも発売日から。
 ベロクロンという名前のエルフの盗賊で、状況を言えば、キーエンブレム10個、ラスボス撃破済みでクリアはしたという所、それでも今回のドラクエもクリアしてからもやることが多い。
 ドラクエに関しては語ることは多いけど、とりあえず今回は巳年記念討伐イベントについて語ろうと思う。

 賛否両論のイベントだが、個人的には面白そうなイベントだと思って、初日から積極的に参加していた。
 ターゲットの一覧を見た時に、最初に思ったのが「うみぼうずは無理だろう」ということだった。ゲームをやった人間は分かることだが、うみぼうずはシンボルが見えない。幽霊の類と違って今のところ可視化するアイテムもない。半分ランダムエンカウントに近いモンスターであり、イベント開始時の自分の討伐数は3でしかなかった。
 とりあえず、ツスクルの村に行けば、弱い方から4体を倒しに行けると思い、あえて初心者用のサーバーに向い、「この辺で『み』のつくモンスターを狩るので」「便乗してレベル上げしたい人いませんか?」と声を掛けまくっては初心者(やサブキャラを始めたばかりの人)を引き連れ、延々とみならいあくまを狩り続けていた。4日から始めてみならいあくまの討伐達成を見届ける日まで、ほぼみならいあくま(と同じ場所に出るホイミスライム)を狩り続けていた。100体討伐は済ませていたので、約1800匹ほど。できるだけ仲間を連れて行ったから、多分、公式HPのみならいあくまの討伐数のうち5000匹分は貢献してると思う。
 みならいあくま討伐を始めて何日目だったか、9日か10日ぐらいからだっただろうか、妙に人が増え始めた気がしてきた。後で聞いた話では、この頃、HPに成功報酬の「ナイスポーズ」が公開されて、イベント参加者が増え始めたそうなのだが。
 おそらくイベント参加者は勝負になるであろうと予感していた土曜日からの連休。昼頃にみならいあくまの討伐達成を見届けた後、次のターゲットをうみぼうずと定めると一路ヴェリナードへ。そこで見たものは、うみぼうず討伐でPT募集をする人間の多さ。さらに、PTを組んでダイスで適当なサーバーを選んで向かった永遠の地下迷宮で見たものは、同じ目的で集まった人の多さ。
 地面に潜って姿の見えないうみぼうずに対して文字通りのローラー作戦で挑んだ冒険者たち。手はレバーを動かすために使うのでほとんど無言。そんな中戦闘が始まれば仲間の元に駆けつけ、戦闘の始まった他のPTを見つけてはおうえんで援護する。時間の都合等で欠員が出れば、サポートを連れてる人に声をかけて頭数を揃える。パソコンが傍にあるので、うみぼうずや他のモンスターの討伐数を叫んで周りの士気高揚に努める。
 この作業が楽しいかと言えば、楽しかった、どんだけシュールな光景であったとしても。

 肝心のうみぼうず討伐達成=13種類討伐達成の瞬間は、夕食で席を外していたので見届けることはできなかった。多分、あのイベントに参加した人間は誰もが同じようなことを思ってたんじゃないだろうか、「楽しかった」と。 ドラクエのオンライン化に対して批判は多い。でも、オンラインじゃないドラクエだって後になって思い出すのは楽しかったかそうでないかの記憶だけだろう。ぶっちゃけ、今度リメイクされるⅦは長かった記憶しかない。どこぞの丘の上の家の壁の隅にある石板を探して何時間も世界中を飛び回ったような苦痛ばかりで、3DSを買ってまでリメイク版のⅦを今更やろうという気は今のところない。
 そもそも、ドラクエを買った人間の何割が楽しくクリアできたんだろうか。FCのⅡは竜王の城でロトの剣を獲った直後の復活の呪文を間違えてから投げてるというのに。
 たしかに、プレイした人間の全員が全員満足することはないだろう。そんなものは、それこそどこかの元地上の楽園のようで気味が悪い。
 だから言おう、ドラクエⅩを楽しいと思ってやってる人間が、ここに1人いる。

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2009年10月21日 (水)

上書きされる記憶

 さて、未だ辞め時期を見つけられないドラゴンクエストⅨであるが、その一端を担っているのは宝の地図の洞窟に潜む歴代大魔王(一部肩書に偽りあり)の皆さんであろう。
 連中は、元の作品よりも強い。強いだけでは飽き足らず、倒されるたびに経験値をねだってはより凶悪に成長していく…。

 突然話は変わるが、RPGの戦闘BGM、特にボス戦の曲が大好きで、MDに入れて外でよく聞いたりしている。そんなBGMを聞きながら思い出すのは、最高レベルまで成長させたパーティーで文字通りのフルボッコにするラスボス戦である。そう、基本的にレベル99にさえしてしまえば、ドラクエのラスボスは基本的に楽勝で勝てるような連中なのである(光の玉使用前のゾーマは除く)。
 ドラクエ9に出てくる大魔王たちは元の作品のBGMで戦闘になる。ドラクエ5に出てきたエスタークのBGMがミルドラースと同じ曲だったのが少し残念に思えただけにBGM好きにはうれしい演出だ。

 しかし、ドラクエ9で再登場をした大魔王軍団は元の作品とは比べ物にならないほどの強化を受けている。オレの知っているバラモスは灼熱の炎なんか吐いてこなかった(灼熱の炎はドラクエ5から)。レベル1程度の魔王ならまだ可愛いものだ(それでもドラクエ9のラスボスより遙に強いが)。
 問題はレベル99とかになった時である。すれ違い通信で、偶然ミルドラース・レベル99の地図が手に入った。本編クリアできる程度のレベルで遊び半分でケンカを売ってみた。
 1ターン目、こちらが行動する前にメラガイアーで回復役即死、暗黒の霧で弱体化(攻撃力低下だけで死に至るものではない)、煉獄火炎で残りのメンバー一掃。どこかの大魔王様の天地魔闘の構えって、この位凶悪なのかなという感想以外思い浮かばなかった…。

 それから、レベル99に育ててからの再戦で何とか倒すことはできたが、未だに100%勝てるという確信は持てない。他の大魔王にも言えることだが、相手が凍てつく波動を使うか否かがそのまま勝敗の分かれ目になっている。
 自分で育てたわけではないのが悲しいが、ドルマゲスとデスピサロのレベル99の地図も手に入り倒すことには成功したが、「ドルマゲス」を聞きながら竜神王相手に絶望的な戦いを挑んだ記憶はあるが、ドルマゲス相手に苦戦した記憶はない。何せ、ドルマゲスの手前の回復ポイントを基点にその辺に出るはぐれメタルを狩りまくって公式ガイドブックの目安のレベルよりも10ぐらい高いレベルで戦いを挑んだから(簡単に言えば、ククールがベホマラーを覚えた状態)。「悪の化身」(デスピサロ最終形態のBGM)を聞きながら、3回攻撃を受けた記憶はない。まして、煉獄火炎or光り輝く息のあとに打撃連発で2人もやられるような戦闘はエビルプリースト(リメイク版でとある条件を満たすと出て来るラスボス)相手にも記憶がない。オレの知ってるミルドラースはたまに痛恨の一撃を繰り出したような気はするが、間違ってもダメージが999で即死と同意味ではなかった。「大魔王」で苦戦するのは隠しボスのエスタークの方だ。

 とにかく、歴代大魔王のBGMを聞くたびに今思い出すのは、ドラクエ9での恐怖の記憶である。

 どうでもいいが、竜王はいつまで横を向いているのだろう? 

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2008年8月 1日 (金)

さらばネオジオCD

 今から、十数年前、ゲーム界では次世代ハード戦争というものがあった。
 結局、その時の戦争はDQとFFの最新作が勝利の鍵となりPSが勝利を収めた(余談だが、次の次世代ハード戦争でのPS2の勝因はDQやFFではなくDVD再生機能)。
 しかし、DQやFFの最新作がどれぐらい凄いかなんて実際に発売されるまでは、分からないわけで(そういう意味では、FF7の体験版は画期的だったのだろう)、次世代機の凄さを直接肌で感じ取ったのは、ゲームセンターのゲームがそのまま家庭用に移植されているということであった。

 今となってはネタぐらいでしか話題にならないが、パナソニックの3DOがその先鞭をきったといっても過言ではないだろう。当時、ストⅡシリーズの最新作であった「スーパーストリートファイターⅡX」が完全移植されていたからだ。ところが、3DOはその後が続かなかった。サムスピの海外版である「サムラーショーダウン」は発売されていたが、「ヴァンパイア」は確か発売予定になったまま、発売されず終いであった。

 当時の格ゲーブームにおいて、ストⅡのカプコンと双璧をなしていたのが餓狼伝説などを擁するSNKであった。
 そして、そのSNKは「KOF’94以降のゲームはネオジオとネオジオCD以外に供給しない」と宣言していたのである。つまり、ネオジオかネオジオCDがあれば、当時のゲーセンの格ゲーの半分はプレイできるというわけである。少なくとも当時の自分はそう考えた。
 だから、94年の冬ぐらいだったと思うが、ネオジオCDを買った(ソフト1本が3万円もするネオジオは論外である)。ちなみに、最初に買ったのは「真サムライスピリッツ」であった。
 サムスピがどのぐらい人気があったかは、「るろうに剣心」を読めば何となく分かるだろう。SNKの格闘ゲームを手軽に家庭でやるにはネオジオCDしか選択肢は存在しなかったのである。マリオがやりたくて任天堂のゲームを買うようなものだろう。問題は、マリオがやりたい人間とSNKの格ゲーがやりたい人間の数が違いすぎることであったが…。

 で、ドラクエとFFのPS参入で次世代機戦争に決着がついた後、衝撃的なニュースが飛び込んできた。SNKが背に腹は変えられないと、セガサターンにゲームを供給することを決めたのだった(逆にセガもネオジオにゲームを供給するという形で)。もっとも、移植されるのはゲーセンに登場してからかなりの時間が経ってからである。
 しかし、別の時間においてネオジオCD版は完敗してしまうのである。悪名高いロード時間である。
 ネオジオCDのロード時間はバカみたいに長すぎた。対戦でキャラを選ぶと1分ぐらいは平気で待たされた。しかし、セガサターン版のKOF’96ではそれが数秒だったのである。おそらく、自分が今まで見てきたゲームで読み込み時間が1番早く感じたのはサターン版のKOF’96だったと思う。

 ネオジオCDのゲームで最後に買ったのは「リアルバウト餓狼伝説スペシャル」だったと思う。キャラクターセレクト画面のクラウザーがやたらとデカいアレである。
 それ以降は、ドリームキャストがネオジオCDの代わりとなった。KOF’98の移植版、ドリームマッチ1999を本体と同時購入した。それ以降、KOF’99~2001、餓狼MOW、月華の剣士2などネオジオCDでなくDCで楽しむことができた。何よりDCにはカプコンの格闘ゲームも多く移植されていた。
 ところが、そのDCも生産停止、セガのハード事業からの撤退という末路を迎えることとなる。

 結局、PS2にすべてのゲームは集っていくこととなるのであった。
 「CAPCOMvsSNK2」、DC版も同時にリリースされていたが、このゲーム以降はPS2で買うようになった。先にDC版が出ていたKOFシリーズもPS2版を買い直した。
 
 そして、ついに先日ネオジオオンラインコレクションVo.12として「サムライスピリッツ 六番勝負」が発売された。我が家において、ネオジオCDでしかプレイできなかったサムスピシリーズもPS2で遊べるようになったのである。
 10年近く電源を入れてないとはいえ、これでネオジオCDの役目は完全に終わったのである。

 1つの時代の終わりというにはあまりにも小さすぎる終わりが、ひっそりと訪れていたのである。

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2008年7月23日 (水)

遙か、茜色の水面に浮かぶ月

 という訳で、ついこの間もPS2版をクリアした気がするDS版ドラクエⅤを始める。

 実感したことはないが、サンタローズの町は少年時代と青年時代でマップの大きさが違っていて、子供の頃は遠かった距離が大人になると近く感じるというのを再現しようとしてたらしいが、十字キー(押しっぱなし)しか動かさないんだからゲームでそんなものが体感できるわけがない。
 それよりも真に恐ろしいのは、いくらゲーム中の移動速度やテンポが速くなってるとはいえ、ほんの半日ほどで、ドラクエ史上最大の選択肢を迫られるところにたどり着いたことである。思えば、Ⅳのときも2時間足らずで1章が終わった瞬間、何とも言えない戦慄を感じたものである。
 そりゃ、子供の頃は1日中ゲームをさせてもらえなかったとか色々あるけど、例のイベントにたどり着くまでは2、3週間ぐらいはかかっていたのではないだろうか?

 で、性懲りもなくDS版Ⅴを買ったのは第3の選択肢を選ぶためである。
 ドラクエⅤでビアンカとフローラのどちらを選ぶか(とキラーパンサーの名前)はゲームファンなら一晩語り明かせる格好のネタである。そして、そこから「君が望む永遠」なんて稀代の鬱ゲーが生まれたわけである(何かのCDのブックレットに結婚イベントを参考にしたと書いてあったはず)。
 ゲームをプレイしてないので君望とドラクエを純粋に比較することはできないが、他のギャルゲー(鍵)と比べてみてもドラクエのそれは重い。
 何故なら、他のギャルゲーはやり直しが割りと簡単だからである。というよりも、全キャラ・全ルートをプレイすることが前提で作られているのがギャルゲーである。対して、ドラクエの場合、結婚相手を決める前にセーブはできるが、そこから他のキャラを選んでやり直すには根気がいるし、ギャルゲーのようにEDが劇的に変わってくるわけでもない。まして、ED後にやり込もうと思うとやり直す時間が惜しい(特に鍛え甲斐のある×××ー×を仲間にして育てようと思ったら)。
 現実問題、1度選んだらゲーム中と同じようにそれが最後なのである。

 まぁ、そんなこんなで第3の選択肢デボラを選んだわけだが、ビアンカでもフローラでもない第3の選択肢を作ったら、こうなってしまったという感じのキャラというのがなんとも…(ビアンカ、フローラに限らず、過去のドラクエのどのキャラでもないといった方が正しいか)。戦闘能力はビアンカにもフローラにもましてデボラにも期待してないからどうでもいい、ヘルバトラーの方が遥かに強いから(仲間にできるのはEDの後になるだろうけど)。

 どうでもいいが、ドラクエⅤで1番魅力的なのはスライムナイトである(初登場はⅤ)。
 スライムの愛らしさとナイトの猛々しさを併せ持つ何とも言えないあの姿…(そして、終盤まで使える能力)。
 ただ、気になるのは、ガイドブック等を読んでると、ナイトの部分もスライムの一部が変化したものだということになっていること。さすがにそれでは気持ち悪かったのか、以後の作品では、スライムに跨った魔族の騎士という設定になっていたが。

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2008年7月 7日 (月)

兵どもが夢の跡

 唐突ではあるが、SNKの格闘ゲームが大好きである、下手の横好きではあるが。
 だから、「KOF’98 ULTIMATE MATCH」を買ったのだが、何と言うか、切ないゲームである。
 ハッキリ言って、KOFはキャラゲーである。草薙京と八神庵だけで腐女子なら3年はご飯が食べれるのではないだろうか? あのでじこだっていおりんが大好きだったわけだし。
 KOFが最初に出た94年はどんな年だったかといえば、カプコンはストⅡの最終作ⅡXを出し、「餓狼伝説SP」や「サムライスピリッツ」が盛り上がっていた格闘ゲーム全盛期である。そして、その格闘ゲームの攻略情報を支えていたのは誤植で有名なゲーメストである。

 攻略本を読むのが大好きな人間なのでSNK格闘ゲーム関係のゲーメストのムックは大体揃えている。ないのは攻略情報の載ってない96のファンブックと倒産のゴタゴタで入手しそびれた99ぐらいである。そう、並べたKOFのムックだけでまずは新声社の盛衰が見えてくる。
 それまでのゲーメスト増刊号という形からゲーメストムックという形で出されるようになった94(Vol.2が94でVol.1はスパⅡX)。キャラ紹介と技表を先行して出し、攻略情報やデータ、ファンコーナーを後から出した95。先程も少し触れたが、さらにファンコーナーを独立させた96。95と同じ2冊に戻ったものの、2冊目の厚さは半分ぐらいになった97。1冊目が出ただけで終わった98。倒産直前に出した99。そして、アルカディアムックとして生まれ変わった2000以降…。

 親亀こけたら皆こけたとは言うが、格闘ゲームの世界では子亀の方が先にこけていた。
 ライバルのカプコンはバイオハザードシリーズなどで家庭用ゲームでも安定した人気を誇ったのに対し、SNKは格ゲーブームの終焉とともに倒産してしまった(まぁ、なんか色々あったみたいだけど)。
 そして、KOFシリーズには世相といっては大げさだが、そういうものが反映されている。
 エヴァブームの直撃を受けた96では、MAX版の八稚女で庵は暴走初号機と化し、翌97では隠しキャラで完全な暴走初号機と化したツキノヨルニオロチノチニクルフイオリが登場した。また、墓の中にNEOGEO-CDZを持っていくと公言した和月さんの「るろ剣」の志々雄真実が唐突に庵笑いを始めたりと、多作品に影響を与えるまでになっていた。
 SNK倒産後、韓国系の企業が中心となって作られた2001では、バランス面の劣悪ぶりだけでなく、K9999というパロディで済むレベルではないキャラが登場した。多分、著作権問題を考える上で、韓国はアレがパロディで済むと認識されているのだと考えると興味深い事例ではなかろうか?

 で、今回の98UM。
 多分、10年前に出てれば、最高に思えたと思う。ギースが好きなんでボスチーム復活(烈風拳の飛ぶ裏ギース追加も含めて)や、ゲーニッツ、オロチの追加は当時としては文句ない内容だっただろう。
 しかし、今年は2008年である。どうして、98のリメイクとして出したんだろうか? 巷では、追加されたクラウザーが以上に強くてバランスがいい傑作と評価の高かった98に泥を塗ったという声も聞く。

 「あの頃は良かった」という後ろ向きなノスタルジーが「KOF’98UM」からは醸し出されているような気がしてならない。

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2008年4月30日 (水)

答えのあるそこってのはどこ?

 クイズ番組を見てると自分も無性にクイズがやりたくなってきたので、ゲーセンの「Answer×Answer」というクイズゲームを始めて早一週間。
 一日100円の健全プレイで次からAリーグへの昇格戦。とりあえず、この次点での対人戦の勝率が6割だから、まぁまぁなのだろうか?

 しかし、このゲームの問題点はカード情報を携帯で登録しようとしたら、お客様の機種は対応していないというメッセージが出てしまったことだろう。

 そろそろ、携帯の機種変を考え始めてもいい頃なのだろうか?

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2008年4月28日 (月)

アシュセイバーは悪くない

 今頃、スパロボOGsをプレイ中なのだが、どうにも不可思議な現象が起こった。
 ヴァイサーガ入手フラグを立てたはずなのに、何故かアシュセイバーの方が手に入ってしまった。
 ヴァイサーガ入手を前提に格闘型にラミアを育てていたのが裏目に出てしまった。わざわざヴァイサーガのためにやり直すのも面倒だから、2周目でヴァイサーガを取れば問題ないだろうと思ってたら、その2周目でも同じようにアシュセイバーが手に入ってしまった。
 ネットで調べれば、原因は一目瞭然だった。見ていたS社の攻略本が誤植をしていたのだ。アシュセイバーとヴァイサーガを逆に書いていやがった。GBA版やったときに1回しか戦闘させなかったような気がしてももう遅い。
 泣く泣く、今回はヴァイサーガのためだけにやり直すことにした。だって、ヴァイサーガが好きだから。

 まぁ、攻略本を読むのは邪道という人は多いかもしれないが、攻略本(攻略サイト)なしでスパロボの隠し要素をすべて満たすことが出来る人間がいるなら今すぐ連れて来てほしいところだ。

 しかし、スパロボOGs、ネタがマニアックすぎる。
 2のEDのリュウセイの秘蔵DVD(同じモノを持ってる)やミロンガが透明になるならないぐらいはカワイイほうだ。霧を吹くという話で、ウィザードだのバズソーだの言ったところで、グレート・ムタやタジリさんが理解できる人間はどれほどいただろうか?
 こんな調子では、新作のZは恐ろしいことになりそうだ。

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2008年2月10日 (日)

FINAL FANTASYⅣ DS

 とりあえず、1周目はクリアした。が、何か納得できないものがある。
 実は、1度ファミ通の攻略情報を読んでやる気をなくした。新システムのデカウントアビリティの連続魔を取り逃してしまったからだ。
 Ⅵでシャドウを見殺しにしてやり直したときのような懐かしい気がしなくもないが、最近のRPGにしては不親切ではないだろうか?
 また、ラストダンジョンのザコ敵の強さも戦い方を間違えるとラスボスを倒せるレベルのパーティーでも全滅する可能性がある。果たして、レベルを上げることに意味があるのだろうか?
 たしかに、SFC版の時点でFFⅣの終盤のザコ敵はボス級の強さであった(っていうか、ボス戦のBGMだし)。しかし、そんなところまで忠実に再現する必要があったのだろうか?(一部敵に関してはSFC版よりも強くなっているし)
 そして、最初に1周目と書いたように追加された隠しボスと戦うには2周目でなければならない。しかも、攻略本を読む限りは正攻法で勝てる相手ではない、攻略法はもはや、作業でしかない。

 まぁ、辛口に批評になってしまうが、あまりいいリメイクとは思えなかった。
 それにしても、リメイク作品をやる度に思うのだが、こんなに短かっただろうか?

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2006年11月 5日 (日)

ファイナルファンタジーであるということ

 DS版FFⅢをクリアした。こんなに短いものだったかという呆気ない気がしなくもなかった。
 しかし、思い起こせば、久しぶりFFらしいFFをやった気がする。

 FFがFFらしくなくなったのはいつのことだっただろうか。クリスタルを廃したⅥだっただろうか、PSに移ったⅦだっただろうか、それともⅧ、原点回帰を歌ったはずのⅨ…。少なくともクリスタルがクリスタルでなくなっていたⅨではファイナルファンタジーではなくなっていたというのが、個人的な見解である。
 FFシリーズの象徴ともいえるクリスタルとは一体なんだったのだろうか?
 勝手な推測だが、クリスタルはゲームの中の存在ではなく製作者の中にあったモノではないだろうか。
 単刀直入に言ってしまえば、それはドラクエこと、ドラゴンクエストである。

 FFが「ドラクエのようなゲームを作りたい」という想いから作られたというのは有名な話である。
 つまり、FF世界の根幹を成すクリスタルという存在は、目標として設定されたドラクエの象徴であってもおかしくない話ではないだろうか。その証拠になるのかは分からないが、FFⅢやFFⅤではクリスタルがジョブチェンジをするために必要な存在として描かれていた。転職システムはドラクエのものという先入観がそうさしていたのではないだろうか。

 FFがクリスタルを捨てたとき、それはFFがドラクエと肩を並べるシリーズとして世間に認識された時期ではないだろうか。おそらく同時期に「ファイファン」と呼ばれていた略称が「エフエフ」で統一されている。
 しかし、それは同時にそれまでFFという世界を支えていたモノを失うことでもあった。
 クリスタルを廃して以降のFFの変遷は説明するまでもないだろう。ファンタジーからSF的な世界へと進化し、ゲームよりも映画的な演出を追及し、果ては本当に映画を作るまでになってしまった。
 PSでFFがⅦ、Ⅷを出している頃、SFCで出したⅥを最後にドラクエは沈黙したままであった。
 PSという場所にもはやFFが世界の根幹とするべきドラクエは存在していなかった。原点回帰を謳い、クリスタルを復活させたはずのⅨの世界にクリスタルの輝きが戻ることは無かったのは当然である。そこに宿るべきクリスタルはⅨ発売の1ヶ月後に世に出たのである。

 FFの魅力は、ドラクエにないものがそこにあったからである。横向きの戦闘画面、4ケタのダメージ、魔法のエフェクト、飛空艇のスピード…etc。
 しかし、何年か前にWS版のFFⅠ、Ⅱのリメイク版をプレイした時、それほどまでに魅力を感じることが無かった。もっとも、FFがⅢからでⅠ、Ⅱを初体験だったからかもしれないが、ドラクエⅠ・Ⅱをプレイした時に感じたような温故知新的な楽しさを感じることはできなかった。
 むしろ、感じたのは失望感である。アイテム等に見られる全く練り込まれていない世界観、物語の偶数系といわれたはずがスターウォーズをなぞったようなだけの物語。
 結局、ドラクエが無ければ、FFは輝くことができないのだろうか? 否、少なくともDS版のFFⅢのクリスタルは輝いていたと思う。

 DS版FFⅢに輝きを取り戻させたものは何だったのだろうか? FFⅢがライバル視するようなドラクエは今のところDSにはない。
 そう、DS版FFⅢはFFでなくなってしまった今のFFのアンチテーゼとして存在することでクリスタルの輝きを取り戻したのである。
 だが、おそらくこれもFFが見せた最後の輝きということになるだろう。最新作であるⅩⅢも“従来通りの”FFである。
 FFにはこれをクリスタルの輝きに変える世界を用意することができない。まして、本来クリスタルの輝きにしていたドラクエも今ではその内側に存在している(むしろFFが取り込まれたというべきか)。

 DS版ファイナルファンタジーⅢ、それは一つの物語の完結なのかもしれない、クリスタルの輝きを受け継ぐ光の戦士が現れない限り…。

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