2012年9月 9日 (日)

わたしたちの福山市

 少し前から鞆の浦でウルヴァリンの新作の撮影をするといううわさがあったが、火曜日ぐらいからこの辺で撮影をしてたらしい。
 運悪く直接撮影を目にすることはできなかったが、福山城を大坂城ということで撮影をしてたらしい。
 まぁ、格闘ゲームのX-MENでのシルバーサムライのステージは大阪だった気がするから、大阪が正しいのだろう。

 で、PNに使ってるベロクロンの話になるんだが、使ってる理由は地元の広島県福山市を破壊した超獣だからである。しかし、ウルトラマンAの放送当時、福山市で撮影をしたという話は聞かないし、そもそもは広島市の方を破壊する予定が、原爆ドームを壊すのはまずいということになって同じ県内の福山市に変更になったという経緯があるらしい。
 だから、劇中では広島県福山市として描かれているが、あれは福山ではないのである。なにしろ、ナレーションでは「福山市は石油化学コンビナートが発達し…」と言われてるけど、現実の福山市に石油化学コンビナートなんてものが存在したことはない。あるのは一時世界有数の規模を誇った製鉄所である。まぁ、石油化学コンビナートと製鉄所では、どちらが壊し甲斐があるかと言えば、圧倒的に前者の方だろうね。

 何が言いたいかと言えば、PNに使うほど愛着を持ってるベロクロンが破壊した福山市は福山市ではないのである。それでいて、来年公開の「ウルヴァリン」に出てくる大阪は本当は福山市なのである。
 多分、ベロクロンに感じるようなシンパシーをシルバーサムライに感じることはないと思う(格闘ゲームで日本刀を使うキャラが好きでシルバーサムライを使うことはあったけどさ)。
 そう考えると、広島県福山市ってのはどこにある町なんだろうね。

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2010年9月12日 (日)

ふしぎ発見の不思議

 なんと、「世界ふしぎ発見!」2週連続で初出演のAKBの人がパーフェクト達成の怪挙である。
 野々村真さんがふしぎ発見25年の歴史の中で2回しかパーフェクトを達成していないことを考えたら、これがどれだけ凄いことかは理解できるだろう。

 しかし、今までのふしぎ発見でヤラセと思わしき場面がなかったわけでもない。
 例えば、それまで的外れな解答ばかりしていたゲストが急にまともな正解をする時などがそうだ。まぁ、番組的に言えば、せっかくゲストに出てもらったのに1問も正解できずに帰らすのは悪いからという配慮なのだろうけど、目の肥えた視聴者にはバレバレだろう。

 それにしても、パーフェクトを達成させた意図が理解できない。
 そりゃ、ふしぎ発見でパーフェクトを達成すれば、インテリ芸能人(?)の称号が手に入るのかもしれないが、上記の通り視聴者には半分バレバレだし、そのインテリ芸能人というポジションをキープするためには、今後どれだけの労力が必要になるかを考えると、気が遠くなるだろう。
 変な話だが、ふしぎ発見というのは正解を出すよりも間違った解答を自分がどういう考えで導き出したかを説明する時に本当の知性が分かる番組である。今回で言えば、ロバート・キャンベルさんとか。
 まぁ、AKBの中ではそれでインテリということで成立するのなら理解できなくもないが…。


 それにしても、「世界ふしぎ発見!」は今年で25周年だそうである、おそらく番組のMVPは野々村真さんで間違ないだろう。
 先程も話に出たが、20年前のふしぎ発見のクイズは難しすぎた。多分、今の高校生クイズで出しても遜色ないレベルで(もっとも、番組では編集されてるが、解答を考える時間は10分以上あったりするわけだから、それを早押しでやったりする高校生クイズがどれだけ異常かは…)。
 野々村さんは、普通に間違える。別の番組での草野さんの言葉を借りれば、「他の人よりも解答に時間をかけるのに間違える」そうである。

 では、そんな野々村さんがどうしてMVPなのか。
 それは、ゲスト解答者が安心して間違えれることだろう。昔、野々村さんが出した本のタイトルが「0点でも1等賞」だったと思うんだが、間違っても明るい野々村さんがいるからこそ、ゲストは間違っても卑屈にならずに済むのではないだろうか。

 ただ、自分の中では問題が4問から3問に減った時点で、クイズ番組よりも旅番組のようなモノとしてふしぎ発見を視聴してるわけで。 

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2010年9月 7日 (火)

高校生クイズはヘキサゴンに道を譲れ

 先日、「高校生クイズ」という番組が放送されていたので見たのだが、いつも見ていた高校生クイズは最近放送しなくなってさみしい限りである。

 しかし、何なんだろうね、あの胸糞悪いクソ番組は。
 格闘技で言えば、有名選手を呼ぶ金もなく、細かいルール作りも面倒なので、その辺の強そうな素人を某地下闘技場ルールで闘わせるようなものである。そりゃ、純粋な闘争という意味では極上のモノが楽しめるだろうが、傍から見ればただの殺し合いである、そういうのが好きな人にはたまらないだろうが、不謹慎である。
 今の高校生クイズは、そういう破廉恥なものを公共の電波に乗せて垂れ流してるのである。

 大体、宇宙の年齢を計算しろという問題出しといて、「正解者がいました、凄いですね」で終わっていいの?
 解説のVTRを作る予算もないほど厳しい製作状況なの? ヘキサゴンでは、おバカさんのために懇切丁寧な解説をしてくれるというのに。

 そう、最近のヘキサゴンである。 
 こちらも、タレント枠を削って素人の高校生を参加させてるのは見え見えなのだが、楽しそうではないか。笑いの多さでは高校生クイズと比較にならないだろう。
 高校生に対する紳助さんの圧力の掛け方も絶妙である。早押しクイズで中々抜けれない時は、テレビ出演の緊張と出演者たちの圧力のせいにしてしまえばいいのだ。

 高校生クイズが捨てたものをヘキサゴンが拾っている、そういう気がしてきた。
 

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2010年9月 4日 (土)

真・エンドレスエイト考2

 では、作者がエンドレスエイトと同じ叙述トリックを解説したエピソード「涼宮ハルヒの憤慨」の「編集長☆一直線!」を検証してみよう。
 その中でキョンが書いた恋愛小説こそ、エンドレスエイトと同じような叙述トリックを駆使したものである。
 叙述トリックというとミステリーで使われるものと思いがちだが、叙述トリックの第一人者の綾辻行人さんも「叙述トリックが使われるのはミステリーに限ったことではなくなっている」と言っていたように、キョンは恋愛小説に叙述トリックを持ち込んだのである。

 キョンが恋愛小説で行った叙述トリックとは、デートした相手であるミヨキチこと吉村美代子の素性を直接描写しないことで、ミヨキチが妹と同級生の小学生であることを隠したものである。しかし、古泉に指摘されたことで、オチの部分を書き加えることを決めたようだが、劇中でも古泉が見破ったように※の部分に注目すれば、オチは無くてもミヨキチの正体が推測可能である構造になっている。
 エンドレスエイトと同じ構造とはまさにこのことで、オチになる部分、エンドレスエイトで言えば、ハルヒがやり残したモノが何だったかを直接書かなくても、理解することはできるということである。

 ところで、キョンの恋愛小説にはもう一つの叙述トリックが仕掛けてあるのに気付いてるだろうか?
 それは、エンドレスエイト同様に「涼宮ハルヒシリーズ」自体に仕掛けられた叙述トリックの賜物である。
 涼宮ハルヒシリーズはキョンの一人称視点で物語は進行する(唯一の例外こそ、アニメの「サムデイ・イン・ザ・レイン」)。キョンの一人称で物語が進行するということは、キョンが認識できないものは本文に反映されることがない。「姑獲鳥の夏」で関口が目の前のあるモノを認識できなかったように、キョンは女性の自分への好意が認識できない(憂鬱のラストでハルヒに新世界に旧世界からただ一人連れて来られた時点でさぁ…)。

 結論から言えば、ミヨキチはキョンに好意を持っていて、本当はデートがしたかっただけである。
 上映中のB級ホラー映画に出てる俳優で小学生が好きになる俳優って誰が浮かぶか? デートに誘ってるだけということがバレないようにキョンを映画に誘う方便だったのだろう。それから、映画の後に寄った喫茶店、描写からしてデートの定番コースではないのか。
 最終的に、小説を読んだハルヒが結末部分を書いた原稿を寄こせとキョンに襲いかかるのがオチなわけだが、古泉が気付く程度の叙述トリックにハルヒが気付かないわけがない(孤島症候群でも分かるように、ミステリーに関してはそれなりの知識もあるようだし)。
 つまり、あの時のハルヒは小学生(当時)相手に本気で嫉妬してたわけである。

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2009年5月21日 (木)

勇者王の必殺技みたいな

 今から3年前のこと、巷で話題の映画を見終えて映画館を出た所で、次の回を待っていた夫婦らしい2人連れの旦那さんの方が連れに人にこう言っているのが聞こえた、「やっぱりあの人、がっかりした顔してるよ」と。
 それから3年、その続編を見終えた自分の顔はあの時と同じような顔だったのだろうか?

 という訳で、「天使と悪魔」の感想だが、予想通りといえばそれまでだが、60点ぐらいの内容を予想して60点の映画だったわけで、前作のようにがっかりが顔に出るようなこともなかったと思う。
 まぁ、突っ込みどころ満載ではあるが、一々突っ込むのも野暮に思えるぐらいに粗だらけだ。何より、前作でもそうだったが、キャストを見た時点で誰が黒幕か分かるようなミステリーはどうかと思う。

 原作を読んでないので何とも言えないが、多分、日本で言えば、京極夏彦の京極堂のシリーズが近いのではないかと思うのだが、あのシリーズの魅力は本筋と関係の有無を問わない薀蓄等の情報量である。映像化すると、基本的にその手の情報量は減らされてしまう運命にある(まさか、京極堂の独りしゃべりを延々と流すわけにもいかないだろうから)。
 ひょっとしたら、この「天使と悪魔」も同じように情報量が減らされた挙句、無駄なアクション要素を加えられた結果、こうなってしまったのかも知れない。
 残念だが、どうも翻訳された文章というのに食わず嫌いがあるので原作を手にとる気にはなれないが。

 しかし、いつから洋画よりも邦画の予告の方が目立つようになったのだろう?

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2009年4月 8日 (水)

歴史番組はNHKに限る

 基本的に歴史が好きである。理由は、学研のマンガ日本の歴史や伝記を読んでいたからで、歴史なんて自分に言わせたらマンガである。
 だから、NHKの水曜10時の歴史番組は小学生の頃の「歴史発見」辺りからずっと見てきた。「歴史発見」なんてのを見てたから、逆説の日本史が全巻揃ってたりするんだろうと思う。あの番組は、今までの歴史とは違う新説をメインで扱う番組だったので、井沢元彦さんがゲストで呼ばれて新説を披露されていた。特に、一休さん程度の知識しかない頃に足利義満が天皇の地位(正確には息子を天皇にすることで上皇)を狙い、そのために暗殺されたという説は衝撃的なものであった。
 それから、この時間の番組は、「ライバル日本史」や「堂々日本史」を経て、「その時、歴史が動いた」へと続き、今月から始まった「歴史秘話ヒストリア」になるわけである。
 余談になるが、「ライバル日本史」で1番覚えているのは、宮本武蔵VS佐々木小次郎の回である。この回の最大の見所は、小次郎の物干し竿に武蔵が本来の(?)二刀流で戦ったらどうなるかを検証するために、実際に試合をしたところである。結果は、小次郎役の方が勝ったと思う。つまり、櫓を削った木刀を得物に選んだ武蔵の判断は正しかったということなのだろう。

 しかし、歴史番組は民放だって負けてはいないはずだが、どうも民放のものは見る気になれない。
 一昔前なら、「知ってるつもり」のようないい番組もあったはずなのに、どうにも最近は奇説怪説、ゴシップなどのどうしようもない話を引っ張り出してはスタジオでわいわい言うだけのバラエティー番組になっている気がする。まして、NHKでもないのに大河ドラマに便乗して、今なら直江兼続を取り上げたりとか節操がない。同じ取り上げるのしても、「本当は怖いグリム童話」のように金で武田を買収した話や、国替えの際に越後の資産を会津にごっそり持っていっただとか、冤罪で殺した下人の遺族が謝罪も受け入れずに「生き返らせろ」と無理難題を言うから、閻魔大王への使いに出したのような、大河ドラマで絶対に取り上げないような部分を取り上げれば面白いのに。

 で、新たに始まった「歴史秘話ヒストリア」であるが、「その時、歴史が動いた」ほどお堅いイメージはない。別に取り上げる対象が必ずしも歴史を動かしたわけではにのだから。 そういう意味で、その時は酷くなっていったものだ。「その歴史は何mm動いたんだ」という程度のその時から、何もかもが終わった後で「その時」では有り難味がない。第1回の東郷平八郎が旋回の指示を出した瞬間のような劇的なその時は何回あっただろうか。
 そういう意味で、「歴史秘話ヒストリア」はネタの安定した供給が目的なのではないだろうか。

 どうでもいいことではあるが、音楽担当が梶浦由記さんなので、.hackか何かを見てるような錯覚を覚えるのは自分だけだろうか?(資料映像とはいえ、戦国無双を使ったりとか革新的なこともやってる番組だったりするし)

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2009年4月 5日 (日)

天地を喰らうと人が余る

 大河ドラマの「天地人」だが、さすがにこれ以上の視聴には耐えれないと判断して切ることにした。

 後年、冤罪で殺してしまった下男の家族が「下男を生き返らせろ」とごねたら、閻魔大王宛ての「この者たちを使いに出すので下男を生き返らせて欲しい」という手紙を持たせて皆殺しにするような素敵な直江兼続の甘すぎること甘すぎること。
 当時は戦国時代である。敵を生かしておくということがどういうことになるかは平家物語程度の教養があれば常識だろう。平清盛は頼朝や義経に情けをかけて生かしてしまったために、一門滅亡という結末を招いたのである。大阪の陣で豊臣氏を滅亡させた家康はそのことを踏まえていたのである。数百年前の平家のに例を求めなくても、天地人の1話で景勝の父親がどうなったかを覚えていないのだろうか?
 それに、劇中の描写では「御舘の乱」の兆候は謙信存命時から見え隠れしていたはずである。自分が死ねば家中が割れることを考えずに死んだ謙信を暗にバカだとでも言いたいのだろうか?
 バカといえば、御舘の乱のきっかけとなった柿崎晴家の景勝の屋敷への奇襲だが、完全武装で奇襲した方が一方的に返り討ちにあうというのはどれだけマヌケなことか理解できているのだろうか? 本能寺の変がどういう展開だったか知ってますか? せめて、兼続が事前に奇襲を予測していたぐらいのフォローは欲しいものだが。

 御舘の乱の景勝サイドの勝因は、本丸を占拠したことと、そこにある資金を元手に武田を懐柔したことである。
 天地人では、謙信の葬儀の夜のうちに本丸を占拠していたが、これは兼続ではなく父親の差し金によるものとなっていた。景勝も父親からの報告でそのことを十分承知していたはずである。論功行賞になれば、兼続よりも父親の方が勲一等であるはずである。兼続はあくまで父親の命に従っただけなのだから。
 しかし、現実には父親ではなく兼続が勲一等で婿養子の形で直江家に入り、直江兼続となって権勢を振るうわけである。これでは、お気に入りの家臣を贔屓しただけになるのではないだろうか。論功行賞が原因で反乱が起きるのも当然だろ。

 とにかく、兼続を含めて登場人物をいい人に描きすぎである。そして、そのしわ寄せを父親を含めた周りの人間に転嫁してるから性質が悪い。
 視聴を切ると宣言しておいてなんだが、御舘の乱では、戦にならないように動いてた兼続さんがどういう心変わりをして積極的に家康との対決路線を明確にして関ヶ原への道を進んでいくのかには多少興味がある。豊臣の天下を奪おうという家康に義が無いというのなら、織田の天下を掠め取った誰かさんとはどうして戦わなかったのかにも興味が尽きない。

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2009年4月 3日 (金)

HHHとフレアーとオートンとバティスタ

 順番は逆になるが、「ドラゴンボール EVOLUTION」も見た。
 感想としては、何も感じない。志々雄様の言葉を借りれば、「毒にも薬にもなりやしねぇ」である。

 「ジェネラル・ルージュの凱旋」のように原作と違うことで明らかに魅力を損なっているわけではない。
 料理で例えるなら、大勝軒という看板の店で特別美味しいわけでもないパスタを出されたようなものだ。どこが大勝軒なのだと思ったら麺が大勝軒と同じときた。
 
 それはそうと、もう10年以上前に「北斗の拳」も実写映画になっていたのを覚えている人間がいるだろうか? 「スーパーマリオ」の実写映画もあったことをマニア知識として以外で覚えている人間がどれだけいるだろうか?
 果たして、10年後のこの映画の扱いはどうなっているのだろうか。
 

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2009年4月 2日 (木)

ロジカル・モンスターの凱旋

 「ジェネラル・ルージュの凱旋」をようやく見てきたわけだが、原作未読だった前作の「チーム・バチスタの栄光」と違って今回は原作を読んでからの鑑賞である。
 正直言って、期待していなかった。
 まず、個人的に一押しの姫宮がいない。姫宮の不在を他の作品で例えるなら長門のいない涼宮ハルヒシリーズである(でも、文章で読む限り長門はいてもいなくてもそんなに関係ないだろとか言わない)。
 姫宮だけでなく、同時進行の「ナイチンゲールの沈黙」をバッサリと切り落としているので原作を100%とするなら期待値は50%以下といったところだろうか(人物面で「ナイチンゲールの沈黙」と「ジェネラル・ルージュの凱旋」は表裏一体になっている)。

 しかし、現実は違っていた。足りない分を勇気で補うどこかの勇者王のように不足分を補って余りあったのは阿部寛さん演じる白鳥圭一郎の存在である。
 ハッキリ言って、この映画は阿部寛のための映画だったといっても過言ではない。

 というよりも、最近原作を読んだニワカ者が見ても首をひねる部分が多すぎた。
 特に、平泉成さん演じる黒崎教授が速水を糾弾する沼田倫理副委員長(原作では委員長)に「君は私が10年来胸に溜めていた言葉を言ってくれた」と感謝するシーン。映画では、その一言で終わりだが原作では、その後、速水を更に糾弾するように思わせて、速水が自分と絶対に相容れることのない人間だと断言しつつも、医師として最大の評価をしていると認めるのである。後半の下りがないのでは何のために黒崎教授を出す必要があったのだろうか? パンフレットには「速水の医師としての腕を誰よりも認めている」と書いてあったが、映画を見る人間が全員パンフレットを読むわけではないだろう。
 これでは、細かすぎて伝わらないモノマネ選手権に「イタリア帰りでオペラを歌いながら会議に参加する平泉成」というネタを提供するためだけの出演と思われても仕方ない。

 そして、映画で起こる殺人事件、本当に必要だったのだろうか?
 この取って付けたような殺人事件が原作の魅力を殺してるような気がしてならない。

 最初に触れた姫宮だが、原作では姫宮の存在が「螺鈿迷宮」のプロローグとなっている。
 この先の映像展開がどうなるかは分からないが、原作のように他の作品と密接に絡んだりしてファンがニヤリとできることは少ないのではないだろうか。
 個人的にに「ジェネラル・ルージュの凱旋」と「螺鈿迷宮」のエピローグが交わる先に期待しているのだが。

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2009年1月20日 (火)

腐ったミカンの方程式

 大河ドラマ「天地人」を見たが、予想通りというか予想の斜め下を行く内容…。

 直接関係ないが、BSで放送されている熱中夜話の戦国武将の回。スタジオに集まった戦国武将好きの中にいた女子高生、「げんしけん」の大野さんの言葉を信じるならどう考えても、どう見ても腐ってる人たちなんだろう。彼女たちのお気に入りは伊達政宗×片倉景綱(順番までは知らない)のようだったが。

 ハッキリ言って、そっち方面の需要だけを考えるなら今回の大河ドラマは大成功間違いない。そっち系に興味のない自分が見ても、如何にもな台詞やシチュエーションの多いこと多いこと…。そして、それは同時に一昨年の「風林火山」のような重厚な大河ドラマにはなりえないことも意味する。

 まず、軽いすぎる。直江兼続といえば、上杉景勝の右腕として活躍した信長の野望だと平均80ぐらいのまとまった能力値の優秀な武将である。間違っても、越中攻めの前に「京を目指すべきだと」的外れなことを言った挙句、主君の顔に泥を塗るような真似をする男ではないはずだ。果たして、こんな人間が才覚で若くして家宰にまで上り詰める人間なのか? 後年の御舘の乱の遠因は、そうやって景勝をイメージダウンさせた兼続にあるのではないかという伏線なのだろうか。ここは戦国時代の越後であって、現代の大学や会社ではない。
 次に、無理がありすぎる。川中島を偵察し、信玄の側近(元寵童)高坂弾正がいたから信玄は死んでいると推測していたが(そして、同時にそれが京を狙う根拠でもあった)、いくらなんでもこの推測には無理があるだろう。高坂弾正は海津城の城主である。事前に信玄に従って出陣しているという情報があったならともかく、高坂弾正がいただけで信玄の死と結びつけるのは無理がありすぎる。まして、高坂弾正も決して思慮浅い武将ではない。自分の姿から信玄の死を推測される状況なら何の用もないのに城から出ることなどありえない。兼続の非凡さを強調しようとして、非常識さを強調してしまったわけだ(このようなミスは三国志の孔明もやらかしてるから何とも言えないが)。
 それから、兼続への過大評価。主人公特権だから仕方ないのかも知れないが、秀吉は先程名前の出た伊達政宗の右腕の片倉景綱もスカウトして同じように断られている。また、石田三成の盟友大谷吉継(こちらも三成が心を許せる友は兼続だけではない)に大しては「100万の兵を預けてみたい」と評価してるわけで、兼続がズバ抜けて優秀だったわけではない。それに「京に攻めるべきだ」という言葉も含め天下への野心あるような発言をしてたが、実際にそんな野心があったとはとても思えない。あと「武田に先を越されるのは癪だ」みたいなことを言っていたが、その前に織田信長に先を越されていたのは癪ではなかったのだろうか? 

 とにかく、今年の大河ドラマには見せ場になるようなシーンがほとんどない。天下分け目の関ヶ原も直接の原因こそ作れど、関ヶ原に参陣することなく東北で最上や伊達と戦っていた上杉家である。むしろ、派手な合戦シーンが見せ場にないから予算節約の意味も含めて直江兼続が主人公に選ばれたのではないかと邪推したくなるぐらいである。
 いや、もう腐女子視点以外で「天地人」を楽しむ方法があるのなら教えてもらいたいぐらいに腐女子向け大河である。

 最後に阿部寛さん演じる上杉謙信。「信長の野望」のパッケージイラストを再現しているとしか思えない。

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